第56話 竜の咆哮、ゼキエルの彷徨
一瞬、呆然としたが、我に返ってギルバートの治癒に専念している竜飛一同の横をモルガナとアベルが駆けていく。
そして二人が走り去って見えなくなったその時、地震かと思うような巨大な振動が迷宮を襲った。
その巨大な影は下から床を突き破って出現し、そして天井を突き破って抜けて行った。
モンスターだ。
巨大なモンスター。それはつまり、第10階層から床を突き破って出現し、第9階層で天井にぶち当たり、それもやぶってキャンプのある第7階層へ出て行った。
従って第10階層から第7階層まで、モンスターが貫通する様に突き破ったことで、巨大な縦穴で結ばれたのだ。
「何だこりゃあ……」
「終わりだ……」
冒険者たちが口々に言うのは、出現したモンスターのあまりの巨大さ、そしてその正体だ。
ドラゴンゾンビ。
腐敗した肉とミイラ化した肉をまとわりつかせた竜の死骸がモンスターになったものだ。
「アベル?ちょっと、アベル、大丈夫?」
天上と床の崩落によって負傷者が多数出ている。
死者もいるだろう。
アベルは崩落とともに第10階層に落下した際、頭を打ったようだ。気絶している。瓦礫の影に移動させて治癒魔法を施すが、眠ったままにしておく。
今は動くべきではないからだ。
運営キャンプの設置された付近でその巨大モンスターと冒険者の戦闘が始まっている。
なんと意外にも健闘しているようだ。
「あ、ベリアスか……でも、ほっといたらやられちゃうよね……。てか、あれゼキエルがゾンビ化したモンスターだよね……」
かつて守護竜と呼ばれた飛竜ゼキエル。白い魔女と戦闘になり、死亡してこの迷宮の地下深くに眠っていたはずだった。
そのゼキエルとベリアスが戦っている。
ベリアスはどうやらアガニケを庇う位置にいて、彼女を守っているようだ。アガニケは尻餅をついている。同時に居合わせたらしくアガニケの周囲には冒険者パーティ、赤煌の面々がいた。
それでもこのまま放置すれば、ゼキエル相手では死傷者がでるだろう。ベリアスも含め、彼らを守らなければならない。
「よし、出番だよ。ベリアスを守って」
斜め掛けした鞄の中から取り出した拳大の緑色のクリスタルを取り出した。それはエメラルドに発光し、輝いて宙に浮く。それがゆっくりと第10階層からベリアスのいる場所まで登って行った。
「土の精霊、厳粛なる大地の魂よ、その力を示さん……顕現せよ!」
緑色のクリスタルが波打つ光を放ち、その光が四方に向けて吹き流しのように揺れた。すると周囲の土や石がクリスタルに吸い寄せられ、貼りついていく。次々とそれは地面から剥がされ、クリスタルに引きつけられていく。
「こ、これは……!」
ベリアスの後方にいた赤煌のヴェロニカたちが声を上げた。ゴーレムだ。先日見たエインシェントゴーレム。ベリアスが倒した奴だ。
「まさか、あの時、配下に!?」
赤煌はあの時一緒にいたので、ベリアスがゴーレムを倒したのを見ている。ゴーレムは崩れて砂に還ったように見えたが、あれは服従だったのだ。
服従してベリアスの配下になったのだ。
そんなことはない。
そんなことはないのだが、一見してゴーレムがベリアスを守ろうとしているのが見て取れた。明らかにベリアスを庇うように立ち回っている。
エインシェントゴーレムとドラゴンゾンビ。それは神話の戦いを目の前で見るようだ。
攻撃力こそ両者は拮抗しているようだが、一方で頑丈さには大きな差があった。
所詮はゾンビ。ゴーレムよりもはるかに脆い。
格闘戦ではゼキエルが劣勢に見える。するとゼキエルが一旦飛びのいて距離を取った。
その様子を下から見上げていたモルガナだが、気づいた。ゼキエルが魔力を溜めている。何かあるのだ。とっておきが。何が来るか分からないが、モルガナが詠唱を始める。ドラゴンのとっておきと言えば相場は決まっている。
ブレスだ。
違うかもしれないが、ともかく備える。
そして予想は当たった。
「マジックシールド!」
ブレスがゴーレムのためにモルガナの施した魔法防御で防がれる。
あっぶね!
ゼキエルの放ったブレスは岩や土さえも腐食させるコロージブブレスだ。
直撃していたならゴーレムでも一撃で崩壊。間一髪それを防いだ。
だが、むしろモルガナ自身の危機は高まった。今の魔法の使用でゼキエルに存在を気付かれたのだ。ゼキエルがあの日と同じように急降下してくる。
このパターンは知っている。お前の学習能力はどうなってんだ、ゼキエルよ……。
それはあとから考えてもモルガナにとって不思議な出来事だった。その記憶は黒い魔女の記憶ではない。白い魔女の記憶の流入現象でみたビジョン。なのに過去をトレースする様に詠唱が声になった。白い魔女が使えた魔法。
ソラリス・イルミナティオン!
高密度の光の収束の光線で田楽刺しのゼキエルを、あの日のようにもう一度地面に派手に突き落す。
しかしあの日と違う点もあった。ゼキエルは腐食のゾンビとなっていた。
「し、しま……」
衝撃で屍肉が砕け、噴き出たガスと共にゼキエルの屍体が爆ぜる。




