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第54話 妖刀タマユラ

 

「なあ、モルガナ。大丈夫なのか、さっき死体があんなにあったぞ」

「アベルさん。迷宮はそういうもんなんだよ。私たちは自分たちの命を守ることで精一杯。他の誰かのために出来ることなんて何もない」

「モルガナ、お前、本当は初心者じゃねえんじゃねえか?」

「どうしてそう思うの?」

 モルガナの口調にやや警戒が宿る。一方アベルのほうは、微妙な問いにも気負いがないように見えた。


「俺は門番だけど警備兵、要は兵士だ。戦場を経験した兵士に会うと、そのことが瞬時に分かる。あ、こいつ戦場の経験者だな、って。そういう感覚なんだけど、ええと。言いたいこと、伝わってるか?」

「うん。大事なことだから正直に言うね。わたし、経験豊富なの」

「だと思ったよ。本当の冒険者ランクは?」

「あー……。ランクね、それは本当に持ってなかった。今回初めて作ったんだよ」

「ふうん。ちょっと質問を変えるか。なら自己評価の冒険者ランクは?」


「分からないけど、たぶん、ここじゃ上手くやれるくらいのスキルはある、かな……」

「そうか。だとしても俺はお前を守る。必ずな」

「嬉しいけど、今のセリフが他に漏れたら恋人が悲しむよ?」

「恋人?いないのに、か?」

「へ?恋人にフェスの優勝をプレゼントするんじゃ……」

 アベルは首をひねっている。

 本当に何を言われたか分かっていない様子だ。


「ああ~、もしかして、妹のことか?実は腹違いの妹がいることを最近知ったんだ。まだ5歳だけど俺に懐いてくれてな。それでフェスで優勝すると約束しちまったんだ」

「お、おおお……。そ、そっか、そういうことか、大事だよね、妹さん。優勝しなくちゃね」

 恋人というのは勘違いだった。

 モルガナだけでなく、アベルの周囲全員の。

 とはいえ、尊重すべき参加動機であることにはなんら変わりはないのだ。今後のラブロマンスへの発展の可能性はほぼ潰えたとはいえ、それを問題にする段階ではない。想像以上の過酷な状況なのだ。


 ベリアスとアガニケはどうしているのだろう。モルガナはそのことを思った。あの二人だって、放置はできない。


 妖刀タマユラはエミリオの佩刀だ。武器の分類ではオリエンタルブレードと呼ばれる細身の曲剣だ。片刃の刀身に浮いた波紋が美しい。

 オリエンタルブレードは数ある武器の中でも特に湿気に弱い。湿気を帯びたまま手入れを僅かに怠るだけで錆びる。オリエンタルブレードはその製法のみで生み出すことはできない。素材が重要だ。

 メンテナンス性を犠牲にした純度の高い鋼が必要なのだ。その高い純度が水分との結合をしやすくし、酸化の進行を早めている。

 だが、例外もあってタマユラは錆びない。


 錆びないがメンテナンスは普通のオリエンタルブレードより遥かに面倒だ。タマユラは切った相手の血を吸ってその血から鉄分を補う。刀身は光を当てると赤い反射を返す。それは取り込んだ血の色と言われる。

 面倒なのはメンテナンスだ。斬らないと無気味なことに血が滲みだす。滲み出した血がかさぶたのように刀身にこびりつく。その上刀身が痩せる。だからエミリオは無理してでもモンスター討伐に赴くし、それが叶わなければ、自身の血を吸わせるという。


 そしてタマユラが獲物の血を嗅ぎ取って求める性質を持つことに気付いた時、エミリオはタマユラの真の使い手になったのだ。

 左斜め後方の死角から蛇に似たモンスター、ブラックバイパーが急襲してきたその一瞬。バイパーが噛みついた位置にはすでにエミリオの姿は無く、その場に頭と胴体が別々になったブラックバイパーがグチャッと落下したのだった。エミリオは右斜め後方に飛び退き、その最中に無防備となったバイパーの首を落としたのだ。

 ふう……。

 エミリオは息をつく。思った以上に敵が強く、疲労が蓄積している。今のだって決して楽勝ではなかった。なにしろモンスターの速度は速く、なのに一撃が重い。タマユラの震えでモンスターの襲撃を知ったが、ギリギリだった。モンスターの速度がもう少し早ければ、死んでいたのは自分の方だ。エミリオはそう自覚した。極めて危険な迷宮だ。


 ただ、朗報もある。タマユラが絶好調だ。血を吸えば吸うほど斬れ味が増している。我が愛刀ながらいよいよ不気味な剣だ。不気味ではあるが、いまは頼もしい。

 この相棒とならまだ先に進める。


 モルガナに第10階層への入り口を案内するのだ。それは自分がやらなければならない。

 どうしても自分でやりたい。


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