第53話 裏切者の正体とは
「なして!」
モルガナが驚愕したのはすでに第九階層へ降りる位置が既に特定されていたからだ。こことは、モルガナ達より早く第九階層への入り口に到達した者がいるということを意味する。
報告者は龍飛というニミッツガルドのA級パーティ。
彼らがその先行者だ。
地図は第八階層降下地点から第九階層入口までの一本道。モルガナ達の作った第八階層全てが網羅された地図とは比較にもならない陳腐なものだ。
「ちくしょう……ちくしょう……」
何度悔し涙に頬を濡らせばいいのか。
もう迷宮はイヤだ。
しかしそこで思い至る。どうみても不正だ。龍飛なんて見たこともない。
「ねえ、エミリオ君。ちょっと話があるんだけど」
モルガナの口元がニヤニヤしている。
そしてその瞳はとめどなく涙を流している。
「本当にごめんなさい!」
エミリオはモルガナとアベル、二人の前で土下座した。
「ボクの勘ではこの迷宮は第十階層まである。だから第九階層の発見は優勝の決め手にはならない。一人ででも第十階層を発見する。それでカフェリーゼに優勝をもたらすつもりだったんだ」
「見返りはなによ?」
「……。王族しか閲覧できない、『王国迷宮の食材とその神秘』の写しを貰えることになっている」
「そんなのが存在するんだ。でも存在するなら。あんたなら、盗み出せるでしょ?」
「ボクは人間相手にこの技術を使用したことはない」
「なるほどね。力は正しいことに使ってこその力だもんね。わかるわあ。でも人を裏切るのはいいの?」
「優勝は必ず用意するし、そのつもりだった。許して……」
エミリオが涙を流す。
ふざけんな!泣きたいのはこっちだよ、もう泣いているけど。
結局、アベルがその件はもう水に流すと宣言したことで決着した。
「で、どうやって教えたの?」
決着はしたが、伝達技術は知っておきたい。
「これ」
ナイフほどもある長い針だ。地面に落ちている石に投げると見事に突き立った。そして指で弾くとビィィィンと震えた。
「同じ材質で出来たこれと同じ針は遠い位置であっても共鳴する。水盤の上に置いておけばもう一方の位置が分かる」
そんなやり取りをしていると有力パーティの全滅が報告された。龍飛が提出した地図を確認しに行った運営がその場でいくつかの遺体を発見したのだ。
全滅したのはエグゼグテクスだ。彼らは龍飛同様、リーヴの指揮下にあった。
報せを聞いたリーヴは冒険者の装いを脱ぎ捨てると、身綺麗な雰囲気の溢れるウール素材のグリーンのウエストコート、そして同色のコートに身を包み、遺体安置所に向かった。
エグゼグテクスのメンバーは穴だらけにされていた。
槍や矢で開けた穴ではない。穴が大きくて、しかも抉り取られたように綺麗に開いている。
「魔法か……」
モンスターにやられたのか、それとも人間相手か、その判断までは出来なかった。
普通に考えれば相手はモンスターだ。だがリーヴは妙な胸騒ぎを覚えたから死体の確認に来たのだ。だが龍飛のメンバーはそれを人間の仕業だと思うことは無かった。なぜなら第九階層から突如モンスターが強くなったからだ。
龍飛は第九階層に潜ったかと思うと、すぐに引き換えした。他のパーティも同様だ。一方モルガナは不安な気持ちで朝を迎えた。
エミリオがいないのだ。
夜のうちに第九階層に潜った。そうとしか思えない。
わたしが気づかないなんて……。
油断ではない。外部から入ってくるものと、内部から外へ出て行くものでは警戒の置き場にも違いがあるのだろう。だがエミリオは気づかれることなく出て行った。それは事実だ。
「モルガナ。どこへ行く?」
「え、うん……」
何がうん、なのか自分でもよく分っていない。迷宮の入口で声を掛けられるまでアベルに気付かなかった。動揺している。そのことは自覚せざる得ない。
「エミリオがいないの……」
その声が震えているのは、本能的にこの迷宮の危険性をモルガナが知っているからなのだ。
つまりエミリオは危険な状況にあるはずだ。
「よしすぐに行こう」
そういうアベルにモルガナの胸中は複雑だ。アベルには出来れば待っていてほしい。だが一方で迷宮のモンスターたちは距離を置いて詰めてこない。その自覚もまたあったのだ。僅かな逡巡。彼が先に降りれば、つい引き留めるきっかけを失ってしまう。
第九階層に降りるとすぐに血の臭いに気付いた。これまでとは違うのだ。すでに他の冒険者にも被害が出ているのだろう。しばらく進むと運営と思われる騎士たちの遺体が数体あった。何かの確認の途中でモンスターに襲われたのだろう。
迷宮に潜むモンスターたちもその異常は感知していた。強大な魔力を有する者が侵入してきている。そのおかげで迷宮が蓄えた魔力が活性化し、モンスターたちもその恩恵を得ている。
彼が進むなら、その邪魔をしてはいけない。モンスターはそうと察したのだ。
彼と誤解された彼女ことモルガナは、だから先に進むことに障害が無かったのだ。




