第48話 未完成
さて翌日、ベリアスとアガニケは2人でリゼの店を訪れた。目を丸くするエミリオとモルガナ。
「エミリオ、お土産だ。ただ、これでデザートを作り、アガニケに食わせてやってくれ」
「こ、これは……!」
根菜だがとても甘く、そのため魔界のフルーツと称される。それは魔力の豊かな迷宮でしか取れない希少な野菜だ。市場に出てくることは滅多にない。残った分はこの店にくれるという。願っても無い話だ。そしてこれがあれば作れる。
「これならとろけるような甘いお菓子が作れます。多分貴族でも一生に一度口にできるかどうかのレベルの。ところでアガニケがスイーツをねだったんだよね?」
「あ」
ねだった。その表現は事実を表すのに正確ではないが、確かにそう言った。
迷宮からの撤退が頭によぎったあの瞬間だ。
アガニケの表情を見て察したエミリオがモルガナを振り返って親指を立てた。
エミリオとモルガナ、あの日の気遣いが実を結んだ。すくなくともエミリオはそう思った。モルガナがニカッと笑いサムズアップをグッと返す。
昨日のリンツの失意と安堵、今日のエミリオとモルガナの笑顔、何を考えているのか分からない向かいに座るベリアス。冒険者たちの心情は三者三様に時と場所を超え、それらに接した者の胸中ですれ違う。アガニケはそんな感情の行き交う気配を今までよりずっと肯定的にとらえられるようになっていた。
本人はまだ自覚できていないのだが。
ハンター・フェスティバルだ。それは冒険者の祭典。そして王都の秋の風物詩だ。
開催期間は一か月。その間に定められた迷宮の中で、より多くの成果物を持ち帰ったものがその量や質の鑑定、審査を受けてその優劣によって優勝が決められる。
ここで言う成果物とはアイテムや宝物、あるいは武具や防具の素材となるモンスターの一部だ。しかし、成果物には例外がある。例えば持ち帰ることのできないものだ。
新事実の発見とか。
この期間として設定されている一か月が問題だ。伝統的大規模迷宮における新階層の発見は、それだけで優勝になり得る。それが先ほどの例外の一つだ。だが早々に新階層を明らかにしてしまうと、それはつまり公表を意味するのだから。冒険者が向かうことになる。公表は必須だ。
なぜなら誰が先に新事実を発見したのか明確にする必要があるからだ。そして冒険者の向かった先に、未発掘のお宝があったのなら。問題がそれだ。逆転を許す可能性があるのだ。なら公表を引っ張るか。新階層の存在を知るのが自分だけならそれで問題ない。だが他にいたら?或いは誰かが見つけたら?
モルガナはため息をついた。彼女自身、新階層の探索はまだだ。
いや、待てよ。完全踏破、マッピングして地図を持って帰るのが正解か。
逸れも既に誰かが済ませておいて、開始と同時に大会事務局に成果物として届け出る可能性はある。もちろんそいつの優勝の可能性が高い。探索済みならアイテムや宝物もひろってあるはずだ。
結局そう言う状況なら相手の方が上なのだ。そこは十分納得できる。
ならOK。開始と同時に一気に第八階層から最下層を目指して、全探索だ。
駆け引きは、必要ない。
「エミリオ。アベル、こっちだよ。抜け穴を見つけておいたんだよ」
初日。開始の合図と同時にモルガナはその一角を目指した。最下層までつながった縦穴のある場所。
「モルガナ、多分そっちには何もないよ。ボクだって下見はしているんだ」
エミリオがそう言ったのだから、信憑性自体はある。彼はニンジャマスターだからだ。だが今回はそんな肩書は通用しない。
だってモルガナは見たのだから。その縦穴の確かな存在を。
迷宮の場所は王都の南門から馬車で半日。参加パーティは前日またはそれ以前から出場者ゲート付近で野営をして開始の合図を待つのだ。
ハンターフェス開始は昼過ぎなので早朝に王都を出発するものもいるが、少数派だ。その少数派にあたるパーティがインプログレス。ベリアスとアガニケの二人パーティ。
主催者用意の馬車で迷宮に向かうが、アガニケは同乗者に見慣れた人物がいるのを知った。
馬車には四人。ベリアスとアガニケ、そして鼾をかいて寝ている男に、アガニケの真向かいに座る女。
彼女は救護班の腕章をしている。
細身の体に緩やかなウェイブのロングを首の後ろで一つにまとめたゆるふわひっつめ髪が良く似あっている。
首の細さが彼女の儚さを表しているかのようだ。腕章で分かる。
運営の用意したハンターフェスの救護部隊だ。
アガニケはその腕章の女に話しかけた。
「ジゼル……。もしかしてアルバイト?」




