第47話 深度
「もし、仲間の皆さんの身体の探しに行かれるのであれば、その時はお手伝いします」
ベッドの上で上体を起こせるまでに回復したリンツに向かって、救出してくれた女性冒険者が言った。
「あの、ボクはペーパームーンのリンツです」
「あ、名前も名乗らず、失礼しました。アガニケ、えーとインプログレスのアガニケです」
マグダ・レガリナの、と言うべきだったか。でも嘘じゃない。インプログレスとして迷宮に入り、インプログレスの二人で彼を救出した。ならまごうことなくインプログレスだ。
「アガニケさん、命を救って頂きありがとうございました」
そう。まずは感謝を伝えなくてはならない。
相手にごめんなさいなどと言わせていい状況ではないのだ。だが生死の剣ヶ峰から辛うじて生のほうに転がり得たのもまた事実。
その心中を思えば生存の安堵をなじるのもまた酷だ。
「あの、もうひとりの方は?」
リンツはアガニケに聞いた。確かもう1人いた。そして2人は言い争いをしていた。
その場面が思い返された。
◆◆◆
「まだ生きている!」
「死んでる。冷静になれ、アガニケ。このモンスターの毒は仕留めた獲物を脳死状態にして筋肉を痙攣させる。獲物の仲間を誘い出すためだ」
相手はゼノ・アエルギスという巨大なクモのモンスターだった。糸でグルグル巻きにされた人間が吊るされ、激しくもがいている。
しかしベリアスが言うには既に死んでいるのだという。
「うそつき!」
「何の話しだ?」
「さっき、命を見捨てないって!」
「お前に言ったのだ」
そういってベリアスはアガニケの前に立った。
「だが他人なら見捨てるとまでは言っていない。しかし、もう死んでいるんだ。お前ほどの冒険者なら分かるだろ?」
「……。彼らを傷つけないで」
「分かった」
グルグル巻きの吊るされた遺体は激しくも足掻いている。生存の可能性を求めて足掻いているのではない。それはお前たちもこっちへ来いと誘う亡者の手招きだ。
ベリアスは跳躍した。そして吊り下げられたオスカルとクラウスを蹴るように足場として使い、ゼノ・アエルギスの頭上を取る。八つの赤い目。その一つと目があった気がした。
その瞬間、剣が振り下ろされ、ゼノ・アエルギスが地面に落下する。ゼノ・アエルギスは頭部を割られていた。
「ベリアス!」
「ああ、もう大丈夫だ」
リンツは虫の息でその光景を見ていた。
二人がまた諍いを始めたのだ。
きっかけは回復ポーションの使用だ。アガニケは回復ポーションを持っている。だが、限られた数だ。それを全てリンツに使おうとしたベリアスに対し、同様に虫の息で横たわるエイミーにも使うようアガニケが言いだしたのだ。
「アガニケよ。もう一度言うぞ、冷静になれ。女の方は毒を受けている。解毒ポーションを持っていない以上、女は助からん。だがこいつは毒を受けていない。こいつだけは助かるんだ」
「そんなのやってみなきゃ分からないでしょ!」
なおも納得しないアガニケ。
「お前たちのパーティはこれまでもそのような感情的な判断でしのいできたのか?」
「それは……」
「違うのだな?そもそもこんな場面に遭遇しなかった。そうだろう?だがその理由はどうしてだ?おそらく十分な回復手段、解毒手段を用意していた。それとも優秀なプリーストがいたか?だとしても迷宮に持ち込む回復手段は妥協しなかったはずだ」
その通りだ。エミリオは過剰と感じるほどの荷物をいつも持っていた。決して気の合う相手ではなかったが。彼の存在がパーティを支えていた、それは事実。リーダーとエミリオの二人。ブレイブソード時代からの二人だ。
「でも見捨てるなん……」
「一つ聞く。お前の頭にはパーティの誰かの顔が浮かんでいるはずだ。そいつならどうすると思う?お前はそいつに助けられていたのだ。なら、そいつの言うことを聞けよ」
気さくで物腰が柔らか。でも本質は自分の命の扱いも含めてニンジャそのもの。中では厳しい分、迷宮の外では甘いものを好む、あいつなら……。
彼が今のこの修道院のベッドで上半身もたげることが出来ているのはその結果だ。リンツは思う。
ボクだけが生き残ってしまった。
一方部屋を出たアガニケは中庭に出て白く浮かぶ雲を見詰めた。新人に迷宮での振る舞い方を教えるつもりで潜り、そして教えられたのは自分だった。
力の差を見せつけられたのは戦闘力、知識、経験。そういった差ばかりではない。
どのような仲間がいて、その仲間に補ってもらっていた部分まで言いあて、気づかせてくれた。
仲間を理解するその深度においても及ばないのだ。そして及ばなかったのは能力だけではなく、思考の深さという点だ。それはすなわち人としての深みの差を意味する。
浅かった。でも、なんであんなのが無名で……。
あんなの。とはベリアスのこと。聞いたことのなかった名前。なのに自分の知る誰よりも強い。そんな気がした。




