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第46話 迷宮のルール

 アガニケは地方にある高名な魔法使い一家の家に生まれ、そしてその祖母と母に英才教育を施されて育った。

「あなたは一族の最高傑作になれる」

 祖母も母もアガニケに対しそう言っていた。なのにある日祖母に言われた。

「それでは一族最高どころか、ワシの娘であるお前の母にも遠く及ぶまい」

 小動物を触媒する魔法の練習で、小動物を殺せなかったのだ。一族秘伝の闇属性魔法の習得の過程で。


 小動物の血を触媒とする魔法でその術式完成過程を踏めなかった。

 小動物の命の代わり。アガニケはそれを自分の血で補おうとした。

 指の腹を切って、その血で。そして失敗した。


 魔法は失敗したが、アガニケはそのやり方に固執した。自らの血を触媒にする魔法。それが彼女の研究テーマになった。生涯の研究テーマに。彼女の理論ではそれを為し得るはず。なのに、いまだ存在しない魔法。命を触媒にしない闇属性魔法。

 しかもそれは転じて再生にも効果を発揮するはずだ。


 しかし、その後、大学における彼女は伸び悩んだ。

 本来貴族しか入れない王都魔法大学。祖母も母もかつてそこに通った。高名な魔法一家に設けられた特例枠だ。アガニケもまたそこに通い、しかし進級できなかった。落第を繰り返し、そして辞めたのだ。祖母はその年に亡くなった。

「情けない」

 そう言い残して。


 彼女には言い分がある。涙で頬を濡らし、しかしそれは口に出さなかった。

 所詮は言い訳。

 口にすれば自分の愚かさをわざわざ自ら主張して周囲に知らせるようなものだ。


 大学を辞めたアガニケが冒険者として名声を得はじめた頃、その入学時にはアガニケの同期で、卒業時には首席となったアイネ・フロンティアはその名声に触れてこう口にした。


「そうだね、有名になったね。でも不思議じゃない、全然。彼女異質だったけど、破格。基礎がまるで違ってたわ。大学の授業は彼女にとってレベルが低すぎたんじゃないかしら。彼女は学ぶ側より教える側か、もっと言えば新しい魔法を生み出す側が似合っている」


 体系の枠をはみ出した、いやはみ出すしか道は無かったアガニケは、冒険者の自由を得て真価を発揮し始めた。

 当時最強と言われたレガリナ率いる冒険者パーティ、ブレイブソードとは、現在最強マグダ・レガリナの前身だ。

 アガニケの過去たった一度のサブパーティ加入。その加入先がブレイブソードだ。


「ねえ、アガニケ。正式にうちに入ってもらえない?きっと今よりいろんな経験が出来るよ。それはあんたが目指す魔法の頂きに近づく速度を速めることになると思う」

 レガリナは眼帯の左目を、さらにその上から伸ばした前髪で覆って妖艶な雰囲気を漂わせている。

 最強パーティのリーダーにして最強の冒険者というのが彼女の評判。隻眼の女剣士だ。


「でも今はまだ……、アクセルたちの……」

「そうだね、悪かった」

 彼女は迷宮でパーティのリーダーを含む仲間を失い、その結果生き残ったメンバーはパーティの解散を決断したのだ。2人死に、3人生き残った。3人のうち2人が解散を主張した。そしてアガニケの気持ちの切り替えがようやく済んだ頃、レガリナはすでにこの世に無かった。


「ベリアス……」

「どうした?」

「私がこの迷宮で死ぬしかない状況になったら、どうする?」

「その状況が想像つかん。回答から逃げるつもりはないが、先に死ぬのは俺だ。つまりお前がその状況になるなら、俺は既に死んでいる。モルガナ様の望みとは言え、ここまでお前を付き合わせた俺の責任だ」

「聞きたいのはそういう事じゃないんだけど。……ま、いいや」


 アガニケは過去のとある経験からこの話を切り出したのだ。本当に聞きたいのはその状況で見捨てて逃げたら自分の命は助かる。

 その状況で逃げるかどうか、直接的な聞き方は出来なかった。だって恥ずかしいから。だがその質問は、もういい。

 先に死ぬのが俺の責任。なぜなら彼はそう答えたのだから。


 僕だけが生き残ってしまった。

 迷宮から救助されたその男は自嘲の目で窓の先に浮かぶ雲を見る。雲が白い。

 胸に去来するその想いを誰に聞かせるでもなく呟くその男の名をリンツと言う。誰に聞かせるでもなく、いや、結局は自分に聞かせたのだ。後悔と安堵。その両方のないまぜの感情を、口に出す事自体が自己弁護。


 生き残ったのでも仲間が死んだのでもない。僕だけが生き残ってしまったのだ。その言い回し一つに決定を下したのは自分以外の何ものかだという自己弁護が滲む。

 実力以上の迷宮に挑むことを決めたのも、撤退を決断する機会を逸したのも、結局迷宮に敗れたのも、すべて他人のせいにすることが今なら可能だ。生き残ったものだけがそれを出来る。


「あら、もう起きあがれるようになったんですね」

 救出してくれた冒険者の女性が修道院の部屋に来て笑顔を見せた。リンツはポーションで簡易治療を施してもらったあと、ここに運び込まれたのだ。救出してくれた彼女らはポーションを持っていた。

 自分たちは使い切ってしまっていたのに。


「仲間は、あのままですか?」

「ええ、ごめんなさい……」

 女性冒険者は申し訳なさそうに言った。

 迷宮で死んだ冒険者は基本的に迷宮の中に放置される。必要ならギルドなどに回収依頼をし、それを受けた冒険者が回収してくる。有料で、だ。それが普通のことだ。


 だからリンツの質問の方が常識に照らしてややずれている。助けてもらった上に遺体の回収までしてもらえると思ったのなら、甚だしい勘違い。

 そう理解するのが世間だ。


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