第45話 スイーツデートの約束は、その黄昏に不意をついて
| 迷宮を進むにつれ、アガニケは違和感を強くしていく。モンスターが強い。
思っていたよりずっと。
たった今倒したハープーンスラッグは、牛ほどの大きさもあるナメクジに似たモンスターだ。大きな口を持っており、その口から銛のような歯を射出する。その銛のような歯には麻痺毒が蓄えられていて、大型の獲物も仕留めることが出来る。そしてその大きな口はツチノコのような形に、前に伸ばすことが出来て、麻痺した獲物を丸呑みするのだ。
通常高難度迷宮でしか遭遇することの無いモンスターだ。銛のような歯は、文字通りハープーンと冒険者に呼ばれている。それでハープーンスラッグだ。スラッグとは言うが見た目だけのことであり、ナメクジの近縁種では決してない。
アガニケは荒い息を吐いた。スラッグが撃ってくるハープーン、つまり銛は射出速度が早く、発射のタイミングが分かりにくい。そして楯を貫く威力だ。
アガニケは知っていた。ハープーンの銛、発射の瞬間。口が一瞬キュッと奥に引っ込む。その時、おそらく外気を吸って射出の際の空気圧に利用しているのだ。
吸い込むと同時に、そこに目がけて炎弾魔法というアガニケの攻略法は有効だった。
ハープーンスラッグは、射出の予備動作で空気を取り込む動作をする。炎弾は多少逸れていても、この空気取り込み動作で、一緒に吸い込まれてしまうのだ。
そして炎弾を呑みこみ、苦しくなって吐きだそうとした瞬間、口を大きく開けたことで更に外気を取り込む。
その結果、取り込まれた大気を燃やし、ハープーンスラッグの中でさらに炎が爆ぜたのだ。口から炎を噴き出しながら巨体がズズンと横たわった。
「見事だ」
「で、でしょ?」
アガニケの表情がベリアスの一言で明るくなる。明るくはなったが顔色は良くない。
想定外は明白になりつつある。自分一人でもこの先、ハープーンスラッグが数体まとまって現れたら対応が難しい。
ハープーンの銛の速度が早く、魔法使いの速度では躱し切れないのだ。先制攻撃で倒すしかないが、得意の大規模火炎魔法はこの場所では使いづらく、次に得意な雷撃魔法には相手が強い耐性を持っている。
そして先制攻撃でしのいでもやがてスペルが尽きる。それでなくてもこれまで一人で全てのモンスターを始末してきたのだ。
ましてこの先、新人を連れてなど無理だ。無理なのだ。
このクエストは失敗だ。
進めばこの先に待つのは死だ。
問題はどういう言い回しで迷宮撤退をベリアスに告げるかだ。失敗を悟られてはいけない。
悟られずに撤退の正当性、合理性を説明しなくてはならない。
アガニケは窮した。
「ね、ねえ?お腹すかない?私、甘いもの食べたいんだけど?」
窮した挙句、つい、あらぬことを言ってしまう。
「ここまでよくやった。あとは俺に任せろ」
ベリアスから帰ってきた返事はそれだった。
「何を……」
「見ろ」
ベリアスが指を差す。疲労のせいか、魔力探知が遅れていた。先の方にハープーンスラッグがいる。それも3体だ。
この距離なら……!
強い火炎魔法を放つ。そのつもりで杖を構えた瞬間、銛が飛んできた。
しま……!
躱せない。そう思った瞬間、ベリアスが剣でその銛を弾いた。銛は側面の壁に突き刺さった。
「これは使うまでも無いな」
ベリアスが剣を鞘に納める。と同時にスラッグに向かって悠然と進んでいく。スラッグもまた前進。その一体が銛を射出した。
「ひいッ」
悲鳴を上げたのは後ろで脚が竦んでいるアガニケ。だがその目が次に見たのはスラッグの銛を片手でつかんでいるベリアスの姿だった。
何をしたのか分からない。しかしそれは次の攻撃で分かった。別のスラッグが射出した銛を空中でガッチリと掴んだのだ。
「な……」
呆気にとられていると左右手にしたその銛をスラッグに向けて投げ返した。どすっとスラッグの頭部らしき箇所に深々と突き刺さる。スラッグが二体、その場に倒れた。
残った一体が口を伸ばして接近し、ベリアスを丸呑みしようとした。その巨体が胴体の半ばまで縦方向に半分になる。抜刀と同時の居合斬りでベリアスの剣に斬られていたのだ。
アガニケはへたり込むようにその場に膝を折った。
こいつの強気は口先だけのものではなかった。新人と言うだけで勝手に誤解していた。戦闘においては自分より劣るもの。それも数段。そうじゃなかった。
逆だった。
「知っているか?こいつらは麻痺毒に耐性があって効果がない。体内で自分の毒が作用しないよう中和するのだそうだ。今回のように急所を突き刺せば一撃だが」
急所の位置は知らなかった。モンスターの生態に関する知識も持っているのか。
「ハープーンスラッグを討伐したことが、あるの?」
「討伐というか、戦ったことなら何度もある」
「手際よかったね」
「ああ、俺一人ならまだしも、お前をつれて歩くのは多少ひやひやしていたが、これならなんとかなりそうだ」
「……」
そっか。
私は連れられて歩いていたのか。全く逆だと思っていた。
連れて歩いているつもりだった。
「ベリアス、もう少し進みましょ。今の口ぶりなら出来るよね?私を連れてでも」
「ああ。これはお前が持て。俺には不要だ」
ベリアスはそう言ってランタンをアガニケに手渡した。アガニケは素直にそれを受け取った。
今更ながらに気付いたが、よく見るとこいつはイケメンだ。
そのうえ、腕も立つし周囲が良く見えている。おそらく経験豊富なのだ。
なによりここまで、こいつがメンタルを揺らした瞬間を見たことがない。




