第44話 二人は予行演習を
翌朝、ベリアスとアガニケの二人は迷宮の前に立っていた。約束通り迷宮探索演習だ。即席ゆえに連携は未知数。ここでしっかりとその部分の確認および、ベリアスの力量を把握しておかなければならない。
エオリアの昨日の様子から判断すると、その力量にこそ、期待が出来ないのだが。
「すでに潜っているパーティがいるね」
痕跡がある。
「ド素人だな」
「あら意外。そこは同意ね」
この場で迷宮への持ち物を選別した気配がある。迷宮に入る前に遺棄されている持ち物が多い。
アガニケはランタンに火を入れた。訓練と教育のため、あえて魔光石の設置されていない迷宮を選んだのだ。
「準備は良い?……って待ちなさいよ!」
灯りを持たずに入って行くベリアスをあわててアガニケは追いかけた。
かなりまずいのではないか。味方を巻き込む失敗を平気でするタイプだ。こういうタイプが全滅を引き起こす。
第一明かりも持たずに入ったら、何も見えないだろうに。というかテンパり過ぎてすでに別の意味で何も見えなくなっているのだろうか。暗いという事さえ分からない程に。
アガニケはそう考えて戦慄した。もっと低難度の迷宮にすべきだったか。
「あ、あんたが持ちなさいよ!」
こいつは自分の分のランタンを持ってきていない。よってランタンは2人で一つだ。そしてこいつにランタンを持たせたのは灯りの重要性を学習させるため。
まずいまずいまずい……。
「どうした?顔色が悪いぞ」
やっぱ帰ろうと言いかけた瞬間にベリアスにそう言われた。
「ふん。顔色が悪いのはそっちでしょ」
あああ……、言いたいのはそれじゃないのにい。
本来の言葉を発する機会は失われ、余計なひと言がさらに自らを窮地に追い詰める。
ベリアスとアガニケがようやく迷宮の入り口を潜ったころ、すでに先行していたパーティがあった。
二人が看破した通り、経験の浅いパーティだ。4人組でいずれも若い。とはいえ数回の迷宮探索経験を有しており、かつ前衛の二人、オスカルとクラウスは地元の地方都市の剣技大会で最強の座を争った腕の立つ剣士だ。その二人にプリーステスのエイミー、そしてシーフのリンツの合計4人。
前衛二人は腕が立つが、迷宮においては実はエイミーとリンツの二人の働きが大きく、そのおかげで数度の迷宮探索を無事に乗り越えたのだ。
「リンツ、大丈夫か。これを使え」
リーダーのオスカルが回復ポーションを取り出した。エイミーのスペル節約のためだ。一見合理的だが、プリーステスであるエイミーが戦闘不能なるケースを想定した場合、節約すべきは回復ポーションの方だ。但しリーダーらしいと振る舞いとしては仲間のスペル節約のほうがパッと見の印象では、それらしく見える。
エイミーもまた、好意的に見えるその発言に、つい言いそこなう。
大丈夫なの?今節約すべきは誰でも使えるポーションの方なのに。
「モンスターだ。俺に任せろ」
そう言って一行を背に前面の敵に対峙したのはクラウス。モンスターはこの迷宮にかつて挑んだもののなれの果てか、それとも地中深く眠っていた大昔の遺体か、それはつまりゾンビ共だ。
クラウスとゾンビの戦闘力の違いは歴然だ。それはあたかも無抵抗のものを撫で斬りにするかのごとく、ゾンビ共を蹴散らすクラウス。
「もう大丈夫だ」
ゾンビの一団を全滅させたクラウスがスポーツマンの爽やかさで後ろを振り返る。デビュー以来数度、全てのミッションを無事こなしてきたパーティの名はペーパームーン。
語感の清涼さだけで決めたパーティ名が内包する軽さという彼ら自身の本質を、今がまだメンバーの誰もが気付いていない。
いや、より正しく言えば、気づいていないフリをしているだけなのだが。
「いい?この迷宮の難度は、下の上くらい。新人パーティなら全滅の可能性もある、これを超えれば中堅レベルの迷宮よ」
「なるほど。しかしその情報はいま言うようなものなのか?告知するならもっと適切な時期があったとは思わないか?まあ、それはすでに過ぎた気がするが」
アガニケの言葉に珍しくベリアスがまともな返事をした。正論ではある。いくらアガニケがS級パーティの正規メンバーとはいえ、新人扱いの冒険者を同行させるに当たっては、事前に十分な説明を済ませておくべき案件だ。
「心配ないわ。わたしがついているんだから、あんたは安心して迷宮を楽しみなさい」
「アガニケよ、お前はただ自分の力をひけらかしたいだけなのではないか?新人には荷が重く、お前の実力であれば難しくはない。そういう尺度ならこの迷宮は意図通りで、最適の迷宮かもしれん。だが、だとすれば新人には荷が重い、という要素は今回不要なはずだ」
「は、はあ?ちょっと何言ってるか分かんないんだけど!」
正論に正論を重ねて来られ、アガニケは怒った。怒りという感情はしばしば自己防衛本能が発する感情なのだ。
だが微妙に怒りきれていない。ベリアスの言った「お前の実力であれば難しくない」という一言が意図せず深く刺さったのだ。
シンプルに言えば嬉しいので怒り切れない。もちろん本人がそれを認めることはないだろう。




