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第4話 豪胆

 とりあえずモンスターが侵入してきた北の山をどうにかしたい。モルガナは北の山に向かった。辿り着いた時には魔法の効果が切れていたが、そのことに気付かずモルガナは山に入った。念のためにひとこと添えるなら、黒い魔女にとって北の山は昔から庭の一部のようなもの。警戒感が薄くて当然だったのだ。


「ははは。やはり黒い魔女は死んだのか。モンスターだけでなく、こんなガキまでやってきやがった」

「ひいいッ」

 山中に男がいた。かなりのピンチだと言える。恐怖に足が竦み上がる。

「たたた助けてえ」

 這って元来た道を逃げるモルガナ。だがその歩みは亀のように遅い。四肢が麻痺したかのようにぎこちない動きだ。恐怖で筋肉が強張っているからだ。頭よりも先に細胞の方が恐れを抱いた。

「おい、逃げるな」

「ひいッ」

 逃げる方向をふさがれ、鼻先に剣を突きつけられた。

 カタカタカタカタ……。

 震えが収まらない。

「いいい命ばかりは……」

「ふん。ガキがお前の命に奪うだけの価値があるとでも思ったか。剣を汚す方がもったいねえわ」

「ままままさか、貞操だけで許して頂けると?」

「ははは。いるか、そんなもん、このクソガキが。それより何をしに来た?言え」

 ゴツンと拳骨を見舞われた。何もしていないのに。どうやらそればかりは言わずにこの場を逃れることは出来ないようだ。

「き、キノコを取りに来ました。街ではキノコが不足して……」

「あ~ん?確かに今朝野草採取の連中がモンスターに襲われていたなあ。一応お前の言っていることは筋が立つ。だが、キノコなんかなくてもしばらくは困らねえだろ?どこの世界にキノコがなくて困るやつがいるだよ。おい、言ってみろ」

 男はモルガナの髪の毛を掴んで顔を上に向かせてその表情を覗き込みながら言った。

「ひい、ひいい……。ほ、本当ですう」

「ウソをつけ。お前何者だ?モンスターが出たというのに、その夜に、松明もつけずにその山の中に入ってくる胆力、只者のはずがねえ。だがキノコの獲得に今朝失敗しているのもまた事実。そして大胆すぎる胆力の割には小便漏らしてやがる。まるで読めねえ」

「え?」

 確かに失禁していた。指摘されるまで気づかなかった。これはショック。

「…………。いやあ、見ないでえ」

「こいつ、いいから何をしに……」

 男の言葉がそこで途切れ、彼は立ち上がって剣を構えた。なぜそうなったかと言えばモンスターだ。モンスターが姿を見せた。ヘルハウンドが数体。ヘルハウンドとは300キロほどの体重がある巨大な狼のモンスター。男は群れのリーダーと思われる一番大きなヘルハウンドに斬りかかった。飛び退くヘルハウンド。モルガナは両者の動きが良く見えた。速度が大きく違う。ヘルハウンドは俊敏なのだろうが男の速度にまるで及ばない。

 人間じゃない?

 モルガナは男にそういう感想を抱いた。言葉使いに教養への関心は見られないが、顔立ちは端正で、どことなく品と知性が滲む。

 ヘルハウンドのリーダーがすれ違いざまに斬られて地面にのたうつように叩きつけられ、その後はピクリとも動かないのを確認すると、仲間のヘルハウンドは我先にと逃げて行った。

「薄情な奴らだな」

 男が笑う。

「おお、騎士様、命をお助け頂きありがとうございます。申し遅れました。私はモルガナ・ノクスヴァレインと申します。お礼をしようにもこのような場所ではいかんともしがたく、後日まとまったものをお持ちしますのでどちらにお住まいかお聞かせ願いたく……」

「助けてねえぞ」

「……チッ」

「てめえ」

 懐柔には失敗の気配がありありだが、これ以上刺激しないようにモルガナはササッと地面に額を擦りつける。そしてフル回転で思考を巡らした。こいつの正体は一体なんなのか。


「もしやあなた様は魔人さまでは?」

 亜人の一種で人間との区別は殆どつかない種族だ。外見的な構造はほぼ一緒でしかし人間と交配しても繁殖は出来ないという。魔力量が大きく違い、その魔力を利用した動きは人間には出来ないものだ。この男の動きはそれだ。記憶の有無の問題ではない。細胞が知っている。でなくては最初に抱いた恐怖の説明がつかない。

「それがどうした?」

「いえ、私の美貌に関心を示さない理由にようやく納得がいきました」

「ふふふ。てめえ、舐めているな?この状況でその態度。ヘルハウンドが出ても大して動揺していなかった。お前、どれほど修羅場をくぐってきた?」

「修羅場などと何を馬鹿な……」

 そんなもの潜っていない。そう言っているのだ。


「まあ、いい。黒い魔女はどうなった?街でどういわれている?」

「いえ、特に何も……」

「お前のくそ度胸に免じて情報をくれてやろう。最近、黒い魔女の魔力の気配が消失した。近いうちにこの周辺はモンスターで溢れることになるだろう」

 知ってるよ。だから魔力の継ぎ足しに来たんじゃないか。とは言えない。こいつに魔力を継ぎ足しているところも見られるわけにはいかない。

「先ほど黒い魔女が死んだかと言っておられましたね。そして魔力の気配がない。でも、どうしてそれが魔女の死を意味するんですか?魔女はモンスター除けのために意図して魔力を発していた。そうじゃないですか?魔力の有無は彼女の生死と結びつかない。あなたが魔力を感じていないとして、魔女がいないことを意味していない可能性があります」

「減らず口を。だが、意図してやっていたことを今やっていない。出来ない理由がある。そういうことじゃねえか?」

「減らず口を……」

「何か言ったか?」

「いえ、何も……。しかし魔人様こそ、ここに何をしに?もしかして、その仮説に従って魔女の生存を確認しに?仮説が間違っているかもしれないのに?」

「口の減らねえガキが。まあ確かに今は弱い根拠とは言えるかもな。だがそれも時間が経てば経つほどに強い根拠となる」

「理性的ですね。その姿勢は人間の女性にも好まれるでしょう」

「いらねえがな」

「そうですか。なら汚してしまった身体を拭きたいのであっちを向いててください。関心ないですよね?」

「当然だ」

 いつになっても返事がないので男が振り返ると、そこにはもう誰もいなかった。


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