第39話 少女と飛竜
長い黒髪に白のローブ。空中に浮遊したまま対峙する少女をゼキエルは強敵と認識した。あまりに矮小な体躯。なのに、巨大な存在。少女の周囲が揺らぐ。魔力の濃度に大気が揺らいでいる。
王都に牙を剥いたゼキエルは、迎撃に出てきた相手を見くびり、しかしその俊敏な立ち回りにそれが誤りだとまもなく気付いた。距離を取りながら炎弾を撃ってくる少女。猪口才な相手を追ううちに、いつしか王都の上空から大分離れた位置まで誘導されていた。
そして少女は本来の魔力を解放していく。彼女の周囲が歪む。
ゼキエルはそうはさせじとブレスで焼き尽くさんとばかりに炎を浴びせるが、少女はマジックシールドを張っており、ブレスの効果が見えない。シールドを破るには長時間ブレスを当て続ける必要がありそうだが、少女は高速移動で攻撃を躱しながら炎弾の魔法を連射する。大柄な飛竜が躱し切れずに被弾するものの、しかし一発当たりのダメージは、硬い鱗に防がれ、それほど大きくない。
一方白いローブの少女の浮遊魔法は、一度発動すれば魔力の供給が続く限りは飛び続けることができ、俊敏に宙を駆けながらアウトレンジ攻撃を継続している。攻撃を受け続け、徐々に傷が増えていくゼキエルは体力も徐々に削られている。
一発の炎弾は防げても、積み重なっていく炎の魔法が少しずつ鱗を剥ぎ取り、やがて肉を焼いていく。展開が徐々に一方的になっていく。王都の空を支配していた威厳はもうかがい知れず、痛々しい姿に変わっている。
ここでゼキエルが戦法を変えた。不意に体当たりしてきたのだ。予想してなかった攻撃。少女は鋭い鱗に斬り裂かれて地面に落下した。そこへゼキエルの追撃。テレポートで直撃を躱したが地面が割れた。10階層にもおよび地下迷宮があったのだ。地上の地盤がゼキエルの体当たりで崩壊し、最下層まで少女を巻き込んで各階層を突き抜けて行った。
「ゴフッ……」
少女は血を吐いた。複部を木の枝が貫通していた。辛うじて這って逃げた先に穴がありそこを抜けるとドーム状の空間があった。そこで白いローブの少女は意識を失ったのだ。
彼女は一瞬だけ失ったその意識をすぐに取り戻すと、そのドームでマジックアイテムを見つけ、そしてその力を使って祈祷式魔法を使用した。
回復した少女が再び横穴を潜るとゼキエルが真っ赤な茨を纏わせてもがいていた。それは少女の祈祷式魔法、「血の反撃」を受けたのだ。その魔法は、術者の返り血が茨に変わって敵に巻きつき傷つける魔法だ。
今こそ必殺のタイミング。逃れ得る場所は上方向に一か所のみ。
少女の魔法の詠唱の声。ゼキエルはその声に攻撃ではなく逃亡を選んだ。ゼキエルにとっては狭い空間であり、ここでの戦闘は避けたいというのも理由の一つだ。距離を取ればブレスで穴の中全てを火の海に変えることが出来る。それが確実な勝利の方程式だ。穴の底にいる相手に上空からの炎のブレス。逃げることはできない。だから血の茨をまとわりつかせたまま上空を目指した。縦穴だから横への回避は出来ない。そのはずが、血の茨によってゼキエルの動きが常より鈍い。そのわずかの誤差。少女の魔法詠唱が完了する。
「ソラリス・イルミナティオン!」
高密度の光の束が、ゼキエルごと空を貫く。そのわずか後に血の雨と共にゼキエルが轟音を響かせ落下した。それと同時に落下の大きな衝撃によっての穴の周辺が崩落しゼキルの遺体を覆っていく。縦穴は拡がって巨大な穴になった。少女は咄嗟に崩落を逃れて横穴に逃げ込み、さっきのドームの中にいた。少女はドームの天井に向けてソラリス・イルミナティオンをもう一度放つと、その細い穴を浮遊魔法でゆっくり上っていく。真っ暗の闇の中を登って行く時間は永遠のように思われる先の見えない長い時間だ。地上に出た瞬間、眩しさに目がくらむ。
モルガナは手を見た。魔石は手に無い。所詮借り物の記憶だ。ローブは白ではない。今日の朝、着て出た紺のローブ。
もしかしたら、今のが白い魔女?
そうは思ったが、今日は疲労が濃い。一旦帰宅することにしたモルガナだった。
ゼキエルのことはどこまで記録に残っているんだろう?そうだ、明日王立図書館に行ってみよう。




