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第36話 キューピッドたちが放つ、精度の悪い矢

 仕掛けるのは自分の方ではなかったのか。なぜこんな惨めな気持ちにさせられるのか。年下に見えるモルガナにやり込められ、くやしくて涙が零れそうだ。

「どうしたの?」

 エミリオの声。

「いたのかよ」

「ああ。モルガナに向かってエミリオ程度がお似合いと言った辺りからね」

「程度とは言っていないよ」

 さすがにバツが悪い。というか、こいつは魔力探知無効とか何かなのか?まったく存在に気付けなかった。


「それでキミはなにがしたいんだ?聞いていて全く理解できなかったんだけど」

 カフェリーゼにアガニケが一時加入する。そういう流れなのは知っていた。事前に店の中でのアベルとカーターの話が聞こえていたのだ。

 なのに、なぜかモルガナに突っかかっている。その理由が全く理解できない。


「モルガナと一緒はイヤ」

「どうして?めちゃくちゃいい子じゃないか」

「アベルとカーターもイヤ」

「……!な、なるほど……。そういう事ならボクも協力するよ。ベリアスと二人ならいいんだね?」

 コクンと頷くアガニケ。盛大に勘違いしているようだが背に腹は変えられない。


「これはボクからのサービスだよ。ま、試作品の試食だ。感想を教えてね」

 アガニケがテーブルに戻ると同時にエミリオがフルーツパイを持ってきた。実際、アベルとカーターの会話が耳に入った瞬間から作り始めた、アガニケ加入を祝福するため事前に彼らのために用意しておいたものだ。

 そしてそのままテーブルに着席する。


 アガニケの望みを何とかしてやりたい。彼女がエミリオにここまで心を開いた(誤解)のは初めてだ。

「あ、ああ。ありがとう、エミリオ。遠慮なくいただくよ。ほれ、みんなも」

 アベルが促してそのパイを食べる。すごくおいしい。シロップに漬け込んだフルーツは柔らかく、しかも甘い過ぎない上品な甘みがあった。やや苦みを入れた卵液と振りかけられた荒目の砂糖が全体の味を引き締めている。

「このフルーツ。美味しいでしょ?どこでとれるか、知ってる?」

 不意にエミリオが質問してきた。

「上手いけど、何のフルーツかもわかんねえな。もったいぶらねえで教えてくれよ」

 カーターがそう言ったが、意外な人物が口を挟んだ。ベリアスだ。

「迷宮からとってきたな。自分でとったのか?」

「そう。だから食材ハンターだって言ったでしょ?何が言いたいかというと、僕も入れてよ。役に立つよ」


「え、エミリオって冒険者なの?そういえばそう言ってたよね。冒険者カード見たいんだけど」

 モルガナは初対面の日を思いだして言った。料理人兼冒険者、というか食材ハンター。確かにそう言っていた。

「ふっふっふ。これだよ」

 カードの色は個人ランクで塗り分けされている。パーティランクは無関係だ。S級がブラック。A級ゴールド、B級シルバー。C級カッパー、以下Dピンク、Eブルー、Nグリーンだ。ついでに言えば公式と言えるかどうか、その下にホワイト。グレーゾーン。なのにホワイト。持っているのは一人だけだが。


 エミリオが取り出したのはゴールド。これは彼が個人A級冒険者であることを示している。

「す、すげえ・・・、というか、所属パーティは、マグダ・レガリナかよ!」

「そうだよ、つまりアガニケとは元から仲間ってわけ。でもこいつは口も悪いし一緒はイヤだな。みんなもそう感じなかった?」

「い、いや、そんなことは……」


 アベルはそう言ったが、ウソだ。アガニケが出て行った瞬間、何かあいつヤバくね?と言ったのはアベルだ。

 アベルは口では否定した。しかしこの空気。

 イケる。そう踏んだエミリオが畳み掛ける。標的はモルガナだ。


「アガニケはベリアスと二人がいいみたいなんだよ。モルガナ、どう思う?」

 ブーッとアガニケが飲んでいたジュースを噴き出した。確かにそう仄めかしてエミリオを協力者に引き入れた。だが、ここで素直すぎるその表現をいま使うか。みんなの前で言うか。

 しかし、話を振られたモルガナの瞳は、エミリオとの意思疎通を視線の交差だけで完璧に完了させていた。いわゆる以心伝心、阿吽の呼吸。アガニケの恋を成就させるその甘美で崇高なミッションに、モルガナは俄然乗り気になった。


「そうね。それがいいわ。ベリアス、分かったわね?アガニケの護衛をしっかり果たしなさい」

「は、はあ……。モルガナ様がそうおっしゃるのであれば……。しかしモルガナ様の護衛は、このカスども三人が担うのですか?」

 その発言にはエミリオもアガニケも仰天だ。こいつらは仲間じゃねえのか。

「ほお……。あたしはお前の護衛がないと何もできないと?」

「い、いえ、失礼しました。ただ、私はモルガナさまの隣を任される光栄を誰にも譲りたくないと……」

「今回は譲りなさい。お前にはその次だってあるんだから」

「ぎょ、御意……」


 ニンジャマスターか……。初めて見た。

 アベルたちも含め、客たちが返った店の厨房、リゼとエミリオと三人で後片付けをしながら、モルガナはエミリオの背中をチラリと盗み見る。長いこと生きているが実際に見るのは初めてだ。他のみんなはカードの色とパーティ名に目を奪われたようだが、モルガナはいの一番にジョブクラスを見たのだ。記載されていたのは極めて稀少なジョブクラスだ。

 店にはだいぶ前からいたようだが気配殺しのスキルは見事で気づかなかった。それにアガニケの意を汲み、御菓子を交えて巧みに会議の進行を誘導しながら、あの場で唯一アガニケの気持ちに気づいていた私にアイコンタクトしてくる抜け目のなさ。

 噂に聞く上級ジョブクラス、ニンジャは人の心理の機微、そのヒダまで覗き込むと言うが、まさに彼はニンジャ、いやニンジャマスターだ。おかげで今日は良い仕事が出来た。嬉しいその気持ちが仕草にも滲む。


 一方、エミリオは少し浮かない表情だ。あの口の悪いベリアスは大丈夫だろうか。ここにいた誰もがあのイカれた女の本性を知らないのだ。とはいえあの女が惚れるくらい(誤解)なのだからベリアスもただのイケメンではないのだと思いたい。

 うまくいけばいいけど。

 そう心配するエミリオだった。


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