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第34話 カトラリー

 納得したようなモルガナを見るリーヴの目になにか危険な輝きが浮かんでいる。

 欲しい……。

 リーヴはしかし、その一言を口から出すことは堪え、呑みこんだのだった。


 口に出さなかった理由は二つある。当然だが軽はずみに言える内容ではないこと。そしてもう一つがモルガナ達の用意したナイフだ。

 装飾は地味なものにされてはいるものの、王家でも同等のものを用意できないレベルの銘刀と言うべき代物。

 つまり、アルダンフォーク家は何らかのバックアップを持っているかもしれない。そこから提供されたものがあのナイフだというなら、巨大な力を持つ勢力とみて間違いない。

アルダンフォーク家は監視が必要だ……。

 警戒したナイフの正体、実際はモルガナが昨夜、魔法付与で強化したに過ぎないのだが。


 切れ者のリーヴはナイフ一本から貴族の勢力図まで読み解き、まだ埋めることの出来ていない相関図の空白にまでその思考は及んでいたのだった。

 もちろん、そんな巨大勢力などは無いのだが。強いて背後にいるものの存在を語るなら、それは勢力ではなくたった一人の少女だ。リーヴは目の前の存在が、今思考を巡らせている相手の正体だとは露ほども思わないのだった。


 余談になるが、ヴェロニカはその後、モルガナの同行がなくとも晩餐会で恥ずかしくない振る舞いができるようになり、食事の際に決して指を汚すことの無い美しく清潔な所作と彼女の持つ槍の穂先のような特殊なナイフは、アルダンフォーク流と呼ばれ、他の貴族も感化され、そして模倣を重ねていった。

 なおさらに余談を重ねることになるが、デンジャラス・フォクシーことリーガンはその後彼女の方からヴェロニカに歩み寄るようになり、いつしか二人の間には固い絆が結ばれていったという。赤狼とフォクシーは、二人の地元の後世の語り草だ。


 こんにちでも食事の席で供されるカトラリー、フォーク。その由来と語源は諸説ある。アルダンフォーク家をその語源とする説も有力な諸説の一つであり、もし気になる異性とテーブルを共にする機会があれば、その際は薀蓄として語ってみるのもいいかもしれない。但し、モルガナの名を出してはいけない。記録の一切に彼女の名は出てこないのだから。

「私は知らないよ。全部ヴェロニカが自分で考えたんでしょ」

 当時、彼女はそうウソをついていたという。


「大活躍だったそうね」

 数日後ギルドの酒場で話しかけられた。一人飲んでいたヴェロニカがその声に振り向けば見知った冒険者の一人だった。


「む、妖怪」

 アガニケに気付いたヴェロニカが真似をした。アガニケのパーティメンバーが彼女のことをそう呼んでいたのだ。その真似をした。

「やめてよ、それ言ってんの一人だけだから。浸透したらお前のせいだよ」

「ならアガニケ。改めて聞くけど、大活躍とは何のことを言っているの?」

「第二王子の晩餐会よ。王子に頭を下げさせたらしいじゃない」


 アガニケの認識ではヴェロニカが第二王子を謝罪させたことになっているらしい。

「違うよ。てか、どうしてそのことを知ってるの?もしかしてあんたを妖怪呼ばわりしているあのニンジャ?」

 マグダ・レガリナのニンジャと言えば世界の裏まで知っているという。そして恐ろしいことに、その鎖頭巾の下の素顔は誰も知らないと聞いた。仲間でさえも。

「そうじゃないよ。もう広まっているからよ。でも、彼、ニンジャじゃなくてニンジャマスターらしいよ。そこ言い間違えると1時間はニンジャマスターの違いを聞かせられるから、間違う時は覚悟して間違うのね」

 覚悟して間違うことを間違うとは言わんだろ。

「それはご遠慮願いたいけど、まあ、話す機会もないしね」

「そう?この間、お前と話をしたと言ってたわよ」

「まさか。あの仮面で話しかけられたら忘れることなんてないし、話した記憶もないわ」


 実際、ヴェロニカがマグダ・レガリナのニンジャマスターと話したことがあるのは、彼に迷宮でのピンチを救ってもらった時と、その後日、アガニケの案内でお礼に行ったときくらいだ。そもそもアガニケともその当時は面識がなく、ギルドのエリカに事情を話して紹介してもらった時からの縁だ。

 その後ヴェロニカはアガニケとは少しずつ打ち解けていき、二人でマグダ・レガリナ行き付けの店に行くこともあった。そこでニンジャマスターに会っても彼はアガニケを見るなり、出たな、妖怪と言って逃げていくのだった。


「あ、あー……。じゃあ、勘違いかもね」

 ヴェロニカはそいつが四六時中仮面をしている前提で話をしている。そんなわけないだろ、と戦慄を覚えたアガニケだったが面倒なので話題をそこで打ち切って別の話を振った。


「ところで今年のハンターフェスだけど、ニミッツガルドのA級がみんな来るらしいよ」

 ニミッツガルドはかつての魔王城の付近にある街。国内最大規模のギルドを有する旅と交易、そして冒険の街だ。温泉の街でもある。温泉が湧き、そして火山の溶岩に呑みこまれるはずだった街。そうはならず、今も健在。そしてそれは普通のことだ。


 もちろんモルガナはニミッツガルドがこの時代に存在することを知って驚いた。驚きはしたが、同時に口も噤んだのだ。その話を聞いてしばらくは表情が暗くなったり明るくなったり、安定しなかったという。


 もしかして、歴史を改ざんしちまったか?まままさかね……。いや、いいんだ。街は救われたんだ!


 それはともかく、そこを根城にする腕利きの冒険者たちが参加するという。

「へえ、景気良いわね」

「何呑気なこと言ってんの。王都主催のフェスで、王都に本拠地を持たないパーティに優勝を持って行かれたら、沽券に関わるって言ってんの」

「あんたたちがいるじゃない」


 ヴェロニカのその言葉に一瞬詰まるアガニケ。

「……ない」

「え?」

「マグダ・レガリナは出ない」

 ここで優勝候補筆頭、S級パーティまさかの不参加表明。


「ちょっとお。それでうちに王都の沽券がどうのこうのを言うわけ?無責任でしょ!」

「い、いやあ~。というわけで枠の空いてるパーティに手を貸そうかな、と」

「うちはゼリオールが気を悪くするから魔法使いは入れないよ」

「だよねえ。他にどっか」

「あんたなら引っ張りだこだろうが」


 彼女なら例え短期でもほぼすべてのパーティから加入の依頼が殺到する。それは予想ではない。確定している未来だ。

「違くて。面白いパーティ知らないかなって」

「面白い、ね……。あ……、あるかも……」


 脳裏に浮かんだのはカフェリーゼだ。

「おっと、噂をすれば……」

 たったいま入ってきた男はまさにカフェリーゼのメンバー、ベリアスだ。

「おーい、ベリアス」


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