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第31話 ナイフの切れ味はイナフ

 その日、晩餐会は王宮で行われた。今回の晩餐会を主催するのは第二王子だ。別に第一王子と第二王子の関係が良くなわけではない、というより兄弟の仲は非常に良好らしいが、第一王子への忠誠をアピールしたいものはあえて第二王子主催の晩餐会を欠席したりもする。そうではなく両方にそれぞれ別の出席者を用意し、どちらにもアピールするものもいる。


 例えば長男は第一王子に、そして次男は第二王子に、といった具合だ。本人が両方に顔を出すと日和見感がすごく出るが、これだと何となく誠実な感じを醸し出せる。ヴェロニカが今回出席するのはそのようなバランスの中での事情によるものだ。


 赤いドレスのヴェロニカは際立つような華やかさだが、その隣、深夜の泉のような深い紺色のドレスにホワイトグレージュの髪の毛、知れば知るほど深みにはまりそうな神秘を纏う少女もまた周囲の耳目を独り占めにしている。


「あら、ヴェロニカ様、赤が良くお似合いです事。荒くれどもに混ざって、どれほど逞しくおなりあそばされたのかと心配しておりましたが、可憐なところも幾ばくか残っておられるようで安心しました。ですが……。それがたとえば誰かの残り香のように、いつか消えて無くなる前に、あるべき場所にお戻りなられたほうがよろしいのでは?」


 長回しで回りくどく嫌味を言ってくる相手はアルダンフォーク家にライバル心を燃やすシルバーフォックス伯爵家の令嬢、リーガン・シルバーフォックスだ。デンジャラス・フォクシーの異名を持つイカれた女。相手をやり込めるまでどんな手段でも使ってくる理性の通じない相手。それがリーガンに対するヴェロニカの認識だ。だから普通にイヤな顔をしてしまった。

「ヴェロニカさん……、かお」

 袖を引っ張るモルガナ。表情が良くないよ。そう言っているのだ。


 とはいえ相手はリーガン。その家柄は伯爵家で、もとは金属加工の職人が興した家だ。その腕は卓越しており、王室御用達、つまりロイヤルワラントとして名を馳せると、名声が高まって何代か前に、ついには爵位を賜ったのだ。今も傘下に金属加工業者を置いて強力な経済力をもつ家であり、その令嬢なのだ。そしてシルバーフォックスと言えば、王国随一の刀剣のブランドでもある。


「御高名なデンジャラ……、もとい、リーガン・シルバーフォックス様にお目にかかれて光栄です。アルダンフォーク嬢のコンパニオンを仰せつかっておりますモルガナと申します。本日はよろしくお願い致します」

「デンジャ……。まあいいわ。よろしくね、モルガナ」

 ちょっと怒っている感じだったが、スタスタとリーガンは会場に行ってしまったので、結果的にオーケーだ。


 テーブルに着くとサービスが横に立った。水盤を持っている。

「ヴェロニカさん、それに手を突っ込んで。そこで手を洗うのよ」

 周りに聞こえないようにモルガナが耳打ちした。

「あら、飲み干すかと思ってましたのに、意外ですわね」

 なんと同じテーブルにリーガン。そして余計なことを言ってくる。

 飲むわけねーだろ。

 モルガナは心の中でそうは言ったが、実のところ、そうでもなかった。迷宮では鍾乳洞の地底湖の水や岩から染み出た湧水を、指でペロリとするくらいは日常茶飯事のヴェロニカだ。

 だからヴェロニカは顔を赤くしている。モルガナがいなかったら、それくらいやってただろう。本人だからよく分る。


 やるつもりだったのかよ。

 モルガナは横目でヴェロニカの様子を伺い、戦慄を覚えていた。しかしだからといって表情には出さない。そして堅牢そうなレザーの包みから二種類のナイフを取り出してヴェロニカの前においた。


 象牙のグリップに銀細工は狼の紋章。一つはダガーにも似た普通の形のナイフ。もう一つは細くてストレートに刃が伸びた、アイスピックを平たくしたような刺突用、レイピア形状に見えるナイフだ。ただ今は鞘に隠れてその姿は見えない。


 このような晩餐会で、主催者がカトラリー一式を用意するようになるのははるか後年のことだ。通常はスプーンだけが用意される。たとえ宮中晩餐会であろうと。ギルドの酒場食堂のようにテーブルに備え付けのナイフとスプーンがあるという事は、この時代、少ない。


 そしてこのような場にコレクションのナイフを持ってきて自慢するのも貴族のたしなみなのだ。ナイフは貴族のコレクションとしてポピュラーであり、贈答品としてもよろこばれる。そして今日のような大事な日に、多くのコレクションから、これぞという逸品を持ってきて自慢するのだ。


 注目の的はもちろん、名工のルーツ、シルバーフォックス家のナイフだ。リーガンの手元に視線が集中する。見事な拵えのグリップ。レザーを幾重にも巻いて堅牢かつ重厚な風情だ。

 ほら、ごらんなさい。

 そう言わんばかりに鞘から抜き放つと、シルバーフォックスの名にふさわしく、厳冬の峻厳を思わせる、凍てつくような刃物の佇まいに、皆はため息をつくのだった。


 これらのナイフは日常でも持参するため、現代の食事用ナイフとは大きく性格も機能も、見た目まで違う。刃は鋭利で木を削ることもできるし、骨まで断てる。グリップは象牙や木製で頑丈だ。貴族は宝石で華美に装飾し、その見た目も競うのだ。


 とはいえ、本質は刀身。

 勝った。完勝だ。見るがいい。ヴェロニカはグリップこそ狼の紋章まで入れた凝った品を用意してきたようだが、私のを前にしては恥ずかしくて鞘から抜けないでいるではないか。

「今日のメインは羊かしらねえ?」


 ヴェロニカに向かってリーガンが言った。

 羊質虎皮。

 そう言いたいのだとモルガナは悟った。つまり羊が虎の皮を被っている様子で、拵えだけが立派なナイフのことだ。そう言われてモルガナの口角がわずかに、そして歪に上がった。誰もそのことに気付いていない。


 それもそのはず、高度ではあるものの、迂遠な皮肉はモルガナにしか通じていないのだから。モルガナは古典にも精通しているのですぐに理解できたのだ。

「羊なの?」

 ヴェロニカの問いを、モルガナはめずらしく黙殺した。

「……」

 おねがいだから、やめて。


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