第30話 晩餐会のお誘い
入場許可証は同伴者を一人伴うことが出来る。つまり、エミリオは食材図鑑を閲覧できる。
「ねえ、明日いこうよ、明日!」
「まあ、いいけど」
こうして翌日二人は大陸で最大規模の図書館、王立メリオデス図書館に向かったのだ。
「さ、手を洗いなさい」
入口の横に噴水がある。そこで綺麗に手を洗うのだ。
「エミリオ。本は鎖で書棚と連結されているから、閲覧台の上で読むのよ。あとおしゃべりしないこと。いいね?」
「うん、わかった」
荘厳な広い階段の先に重厚な扉。重そうな扉は、許可証を確認した守衛の騎士が開けてくれた。そして中に入ると、細い回廊。重厚な石の壁が迫り、息苦しくなるような圧迫感だ。回廊を進むとその奥にまた扉。その前にカウンターがあって怜悧そうな女性が座っている
モルガナは許可証と綺麗な指を受け付けと思われるその女性に見せた。
「同伴一人です」
エミリオも慌てて洗ったばかりの指を見せる。
「ようこそ。ごゆっくり」
二人は入場を認められた。受け付けの女性から鍵を受け取った別の門番が、その鍵でカウンター奥の扉を開けてくれた。信仰と知性の入り口は、このように二重の防壁で厳重に守られており、エミリオはその堅固な静謐に息を呑むのだ。にしても。エミリオは店の先輩であり、なおかつ年下でもあるモルガナを頼もしく感じていた。この重厚な雰囲気に、気圧される様子が微塵もなかったからだ。
そして開錠された扉の向こう、眼前に開けた風景は明るい解放感。とても高い天井、雨上がりの地面の匂いに歴史を重ねたインクの香りが滲み、埃とカビの気配さえ感じるのに不思議な清潔感。その空間に漂う知性の神秘に感動を覚えたのだった。
「森の匂いがする」
そのエミリオの一言にモルガナの瞳が大きく見開かれ、やがて優しそうに細められた。
エミリオはその瞳の変化を見た驚愕を表情には出さなかった。驚愕したのだ、あまりにこの空間に似つかわしかったから。例えばこの場所の精霊とか、そういう神秘の存在に見えたのだ。その一瞬だけ。
棚がずらっと横に並んでいる。先が見えない程に広い。そしてどの棚からも鎖がぶら下がっている。
「あれが鎖だね」
エミリオは空気を読んで小さな声で言った。
「そうよ。これらの本はオリジナルでないけど、一字ずつ丁寧に書き写したもので、オリジナルより読みやすくて綺麗だったりするの。だから汚すとすごく目立つからね、注意して」
「これ全部が……。じゃあ、オリジナルは別の場所に同じ量だけ?」
「そういうことになるね」
それにしても膨大な量だ。目当ての本を探すだけでも時間が掛かりそうだ。しかし、エミリオが何気なく歩いて行った先の書棚を開き、縦積みにされた本の一冊を取り出す。
「あった、これだ」
「うそ」
しかしモルガナが見ると確かに食材図鑑と表紙にあった。
「う、ウソでしょ……」
手に取った一冊が、偶然目当ての本だったような成り行きに、モルガナは目を丸くして驚いた。
「あら、エミリオ。珍しいわね、というか似つかわしくないわね」
不意に声を掛けてきたのは艶やかな黒髪ロングの女性。エミリオと同じくらいの年齢に見えた。
「うお、出たな、妖怪」
エミリオが腕を十字の形にしてその女性に向けている。女性はため息をついて、しかしちらりと本の表紙を見た。
「ふうん、なるほどね。さすが食材ハンターといったところか。でも意外。ここに入れるような知人が、あんたにいたんだ。言ってくれれば連れて来るくらいは私がしてあげたのに」
「ははは、アガニケよ。それは、ない。じゃあな」
本を持って去ろうとしたエミリオだったが、ビンと鎖が張って派手に尻餅をついた。四方から咳払いのが聞こえ、耐えきれなくなったのか、アガニケと呼ばれた女性の方がその場を去ってしまった。ごめんあさーせと一言残して。
「ほら、エミリオ。最初に言ったじゃない?もう忘れたの?」
モルガナがエミリオを叱るがとても優しい口調だ。
「おしゃべりしない。静かに本を読む」
素直に復唱するエミリオ。
「そうよ。できるわね?」
「はい」
帰り道、二人はギルドの酒場兼食堂に寄った。エミリオが今日のお礼に奢るというのだ。
すると、そこには先客のヴェロニカがいてため息をついていた。
「あ、ヴェロニカさん、どうしたの?」
「え、あら、男連れ?さすがねえ」
「いや、違うんだけど。それよりそっちは恋煩い?」
「それがね……」
ヴェロニカはアルダンフォーク家を飛び出して冒険者になったとはいえ、父との関係は今も良好で、いわば自由にさせてもらっているようなものなのだ。その父から頼みがあって晩餐会に出てほしいというのだが、そのような場には行ったことがない。幽鬱だが、父の頼みは断れない。
「モルガナに同行してもらったら?モルガナなら何でも知ってそうだし」
初対面だろうに、エミリオが気安くヴェロニカに提案した。そしてヴェロニカはその言葉に即座に乗っかった。恐らくモルガナは家名を偽った上位貴族だ。ギルドにいた全員分を奢って見せた財力、それに凄まじい手練れの従者。ならば、今回の同行者として適切な人材だ。
「その手があったか……。でもモルガナが同行してくれるかな?心配だな……。頼みづらいし……」
などと言いながら上目づかいにモルガナをチラチラ見てくる。
もちろん断るつもりもないモルガナだ。なにしろヴェロニカは初心者パーティ・カフェリーゼのために先日かなり危険な目に合って、それをただの一言も恩着せがましく言ったことがない。
「私でよければもちろん協力させてもらうよ。ヴェロニカさんの役に立てるんだったら私だって嬉しいしね」
その夜、モルガナは寝ずに裁縫仕事を行った。なにしろウィステリアのドレスはデザインが古臭く、年配向けだし、なによりどこか禍々しい。それを裁断し縫製しなおすのだ。




