第3話 キノコと魔法
「あの、私、モルガナっていいます」
「え?あ、そうなのね、私はリゼ。気安くリゼって呼んでね」
おばちゃんはそう言った。
「それでリゼさん、私、何歳に見えますか?」
「え、えーと……、15くらいかしら?」
リゼは慎重に答えた。こんな質問を客から受けたのは初めてだ。慎重にならざる得ない。おかしなことを聞いてくる奴は、大抵おかしい奴だからだ。そのリゼの緊張はモルガナにも伝わる。
まずい、ヤバイ奴と見られ、警戒されたか……。
あわててモルガナは話題を変えた。
「そうそう、牡蠣の燻製あるじゃないですか?ポートス商会が以前仕入れていたはずです。その牡蠣を使って新レシピ作ってみません?入荷量の減ったキノコ燻製を補うような」
「え、ええ……。でもどんな料理?」
お、食いついてきたか。
「それは、ね……」
魔女の笑みが張り付くが、15歳の若い肌。大きく純真な瞳。魔女のようにはまるで見えなかった。
モルガナはポートス商会から買ってきた牡蠣と鳥もも肉の燻製を持って厨房に入る。キノコと鳥もも肉の燻製は手でちぎるように荒く割き、フライパンで炒めて表面に焼き色を付けてからその後にオイルで風味を整える。そして牛乳、牡蠣と共に鍋に投下。胡椒を加えて味を調え、キノコの燻製ミルク煮の完成だ。
牡蠣と牛乳の相性が良くてまろやかな上、鶏肉を使ったことで食べ応えも十分、カフェの食事としては立派な一皿が出来あがったのだ。
「じゃあ、リゼさん。是非メニューに加えてね!」
モルガナはそう言うと唖然とするリゼを残して疾風のように店を後にしたのだった。
魔法を使うことはできるのだろうか。それ以前に呪文を大分忘れている。全然出てこない。
「困ったな……」
モルガナは弱音を口にした。やはり禁呪の後遺症なのだ。後世魔法は徐々に廃れていき、やがて魔力と言う概念も世界から失われていく。しかしこの時代は魔法の隆盛期であり、貴族の家に生まれたなら必ず幼少時より魔法の手ほどきを受ける。いつしかそれは貴族の証しとなっていった。
黒い魔女の魔法はそんな貴族の手習いの児戯とは全く異なるものだ。王宮は宮廷魔法使いとして黒い魔女を招聘した。本当は白い魔女を招聘したかったのだが、何度言っても断られ、仕方なく黒い魔女に頼んだのだ。
それは国の魔法のレベルを上げるだけにとどまらない。諸侯との外交で物を言うのだ。言わば優秀な宮廷魔法使いを抱えているとうことは軍事力の象徴なのだ。大量殺戮兵器を保有しています。そういうアピールだ。そのアピール、つまり軍事力プレゼンスでの有効性ならやはり白い魔女よりは黒い魔女だ。
だって語感から想起するイメージも白い魔女よりも危険そうな印象だし。
その意味では結果オーライではないか。その時のオスティンバーグ国王はそのように言ったという。
とはいえ廷臣たちは震え上がった。黒い魔女はこの国の恐怖の象徴だ。モンスターさえも恐れて近寄らない存在。歴代国王は彼女を腫物のように扱い、その一方で機嫌取りを欠かすことは無かった。
また、その一方でこの国には対を為す存在がいる。助けを求める者を支援し、そのために必要な力を授ける白い魔女だ。彼女に面会を望む者には試練が与えられる。数々のトラップが配された螺旋の塔を登り切ったその先に魔女はいると言うが、そこで彼女に問われる。
誰を助けたい?助けたい動機は?そもそもお前の助けが必要なのか?
彼女の問いに対して十分な回答を果たせたものは、そのために必要な力を得るという。有名なのは土砂災害で川の流れを断たれた村の勇士、サクソンだ。サクソンは白い魔女に願い出て川をせき止めた巨石を移動させる怪力を得たのだ。しかしその怪力は奪われた。黒い魔女にだ。白い魔女に力を出させ、それを奪う存在が黒い魔女だ。
さらに彼女は機嫌が悪いと疫病を呼び寄せ街に放つのだ。過去に何度か討伐隊が組まれた。その全てが返り討ちにあっている。だがある時、法で討伐禁止が定められた。なぜかと言えば、モンスターの襲来を黒い魔女が撃退して防ぎ、王都を救ったからだ。それも災害級モンスター、アークデーモン。炎を纏って蝙蝠のような翼で闇夜を斬り裂いて飛ぶ巨体。推定全長3メートル。羽根を広げた横幅は7メートルを超えていた。魔女はそんな化け物と戦い勝利したのだ。
時の王は金銀財宝を贈って魔女に感謝の意を示した。
「闇に溶けし月の影、その姿を覆わん。ネフェリウス・メルト……うりゃ!」
姿くらましの魔法は上級魔法。まず使える人間はいない。高位のモンスターだけが使用できると言われる魔法だ。人間の中では歴史上ほんの数人が使ったとされる。そのモンスターの魔法を解析し、人間が使えるようにしたのが黒い魔女だと言われる。当然、黒い魔女はその魔法を使えた。
「や、やった。出来るじゃん!」
時間を掛けて記憶を手繰り。ようやくにして、辛うじて記憶の底から引っ張り上げたその魔法を使ってモルガナは門を潜り抜けた。門番は全く気づいていない。
この先は闇。
闇とはつまり、魔女の住処だ。




