第28話 転ばぬ先の杖は、転んだ後でも作れるのだ
モルガナはその一瞬を悔やんだがもう後の祭りだ。魔法使いの絶対数が少ないことにより、古いメイジブラスターが起動せずに残っていることはたまにある。そしてあった。いま悔やむよりは崩落後の先にある空間を認識するよう努める。
底なしではない。地面がある。だがこの高さでは打ち所によっては死亡もあり得る。
「浮遊!」
短縮詠唱で魔法を一瞬発動。落下した一同は全員無傷だ。
「?」
ゼリオールでさえ魔法で守られたことに気付かない一瞬の出来事。
「モルガナ様。危険です」
ベリアスがモルガナを庇うように立ち塞がった。立ち塞がった彼の向こう。目の前で地面や岩が砂状になって吸い上げられ、それが硬く固まって巨人を形成していく。
「エイシェントゴーレム……」
今は失われた古い魔法で作られた石のゴーレムだ。ハンマーやロックハンマー以外の武器に強い耐性を持ち、攻撃がほとんど通らない。この防御力に加え攻撃力はそのナックルの一撃で城の壁を崩すほどだ。こんな迷宮にいていいモンスターではない。しかも破格の大きさ。
「く、くそ」
弓矢もボーガンの矢も弾かれる。魔法剣士のヴェロニカが魔弾を放つがゴーレムに命中した瞬間、波紋のように魔弾が消失した。
「マジックシールドまで……」
「天かける竜の鳴動、イカヅチの憤怒、我を助けん。エミリーツヴォルテックス」
ゼリオールの魔法がバリバリとゴーレムを撃つ。ゴーレムの動きが一瞬止まった。ようやく目に見えた効果的な攻撃だ。
「スカーレットフラッシュ・ブレイド!」
ヴェロニカの剣が赤い残光の尾を引いてゴーレムを横薙ぎに急襲した。
ガキン!
「ッ!」
しかし鋭利な剣が堅牢な肉体に弾かれる。それでも僅かにゴーレムの身体が揺らいだ。
その一瞬を見逃さずに赤煌の前衛ルカとアーロンが攻撃を繰り出した。その2人が一度にゴーレムの裏拳で弾き飛ばされた。
やばい……!
防具は全く用をなさなかったようで全身の骨が砕けて瀕死の状況だ。ピクピクと筋肉の痙攣のなか、呻き声だけ辛うじて上げている。
そして吹き飛んだ彼らの周囲の光景もまた凄惨だ。飛んできた2人に巻き込まれたアベルとブラメーデも身体が変な方向に曲がって死にかけている。
「モルガナ様。ここは私が」
モルガナを制すると、ベリアスが無造作に見える動作でスーッと近づきゴーレムの攻撃を誘った。つられた繰り出したナックルを躱し、その腕を足場に跳躍してゴーレムの胸に剣を深々と突き刺した。
尺が足りねえか
狙いは良かった。魔力で動く岩石のモンスター。その動力源である体内のコアを狙ったのだ。そこを剣で貫けば一撃で決着がつく。しかし剣の長さが足りなかった。根元まで剣が突き刺さったが、コアに届いていない。
普通なら決着はついていた。ここまで巨大なゴーレムは滅多にいないのだ。ゴーレムの両腕がベリアスを包み込む。
「ぬうッ」
締め上げあられながら、それでも耐えるベリアス。まだ勝算は途絶えていないのだ。剣を通じて魔力をゴーレムの体内に直接たたき込む。
そう攻撃の方向を変えたベリアスにモルガナが語りかけた。
「待って、ベリアス。私にやらせて」
気付くとモルガナがゴーレムの背中に貼りついていた。浮遊魔法で背後を取ったのだ。迅速性の乏しさはゴーレムの弱点だ。そしてその背中に貼りついた。位置関係からそれに気づく者はいないし、ベリアスの視界にもモルガナは見えない。だがゴーレムを挟んでその向こうにいる。それはベリアスにだけわかることだ。
「モルガナ様、何を……」
魔力がゴーレムの中を駆け巡っているのがぶっさした剣を通じて分かる。その魔力の混沌とした流れが理路整然と整っていく。
制御を、奪っているのか!
ベリアスは気づいた。ゴーレムの背中に貼りついたモルガナが、ゴーレムの制御を乗っ取ろうとしているのだ。ゴーレムは生物ではない、魔力で制御された、魔力を帯びる岩の集合体だ。魔王級の強力な魔人や歴史に名を残すほどの魔法使いによって生み出された、いにしえのモンスター。
その制御を奪い書き換えようとしているのだ。ベリアスを締め付けている両腕の力が弱まっている。やがてそれは形だけの姿勢となった。締める力はもう伝わってこない。
「自壊なさい」
はっきりそう聞こえた。その途端、ゴーレムは砂となってその場に崩れ落ちた。その一部は砂煙となって舞う。
「すごいわ、あなた一体……」
駆け寄ってくるヴェロニカを手で制すベリアス。砂煙の先にモルガナがいない。
「そ、そうね。今は治療が先」
別にベリアスは治療が先と言いたかったわけではない。ただモルガナを探したいので邪魔するなと言いたかったのだ。早合点したヴェロニカがタジルと共に治療を行おうとするが問題が生じた。重傷すぎて治癒のスクロールの効果がないのだ。かなり高値の上等品だったが何も起こなかった。これを手に入れた店は普段から贔屓している店で品質は確かだ。
不良品というわけではないだろう。効果がないのは魔法の特性によるものだ。例えば欠損した部位は通常の治癒魔法では治せない。一部だけ治すことも出来ない。もし一部だけ欠損を治せるなら、その一部治癒を繰り返せば欠損の全てを治すことが可能だが、そうはならない。その怪我に対し効果があるかないかで魔法の作用の有無が決まるためだ。せめてプリースト系祈祷式魔法を使えるブラメーデが無傷だったら。しかし、事実の方は残酷で、ブラメーデは死にかけている。
その頃、ベリアスは岩陰にいるモルガナを見て安堵していた。
「何をなさっているのですか?心配しました」
見るとモルガナは羊皮紙にインクで何かを書き込んでいる。さらにその後、右手で左手首を握る。すると、握った部分から血がだらだらと垂れて、垂れた血が自走するように書き込まれたインクの上を万遍なく這って行く。蛇のように。そして。やがてそれはインクに吸い込まれていった。浸透したかに見えた瞬間、1度だけ文字がビクンと鼓動した。それは何かが宿ったというより、今際の一瞬のような気配だった。
「よし、出来た。これを怪我人に使って」
モルガナが何やら書き込んだ羊皮紙4枚。多分治癒用のスクロールだ。怪我人たちのいる方を見ると確かに状況は良くなさそうだ。
ベリアスはモルガナの言うことだからすぐに実行した。不思議なことにモルガナの左手首に傷は見当たらなかった。
それをさりげなく確認してベリアスが踵を返した。スクロールがヴェロニカに渡される。
「これは……?」
「モルガナ様が」
「あ、ありがとう」
すでに高級治癒用スクロールが効果なかったのだ。結果は知れているが、それでも折角の行為だ。使用してみる。
最初は一番の重傷に見えるルカ。放置すれば最初に死ぬのは彼だろう。通常は治癒魔法の使えるものを優先するが、今は負傷者が全員死にかけだ。死ぬ前に使う。それは自分達の持っていた高級治癒用スクロール程光を発しない。
それでも気持ちまで温かくなうような慈しみを感じる仄かな輝きが怪我人を包み込んだ。
形が変わっていた頭蓋骨が元の形に戻っていく。飛び出していた目玉が戻っていく。
「うう、た、助かったのか・・・?」
そしてルカは起きあがった。ゼリオールが慌ててスクロールを覗き込む。プリースト系の祈祷式魔法ではない、ウィザード系魔術式魔法のスクロールだ。緻密で流麗な文様。
見たこともない呪文の羅列が幾何学的に配され、その文様がどういうわけか血文字を連想させて何か禍々しい。なのに見ているだけで羊皮紙の中に引き込まれそう。
「こんなものは初めて見た。恐らく深い迷宮の最深部でしか見つからないくらいの最高級品だ」
ゼリオールが呟いた。ヴェロニカは残りの三人もスクロールで治癒したあとに言った。
「ベリアスさん。どうしてモルガナがこんな超高級品を?」
「それは言えんな」
モルガナが望まぬ以上、口に出すことなど無いベリアスだ。




