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第17話 そして魔王誕生(後編)

 師匠が言っていた。

「古の魔女は魔人を作った。その秘術は今の世に伝わっていない。だが、わたしはその深淵に限りなく近づいた。心を持たない人形とはいえ、仮初であろうと命を宿すものを生み出したのだから。

 そしてのその秘術は魔法の可能を大きく高めた。魔力の澱の生成と利用だ」

 何を言っているのかまでは理解できなかった。ただ、顔を思い出せないその白い影は確かに笑っていた。師匠はその秘術をものにしたのだろうか。

 あるいはその秘術は今この世界に存在するのだろうか。

 ただひとつわかることは、魔力の澱と呼んでいたものの存在だ。それがいまセリオンから噴き出している何かだ。そしてすでに彼からは命の鼓動を感じない。アルバスが言っていた、彼に仕掛けられたという呪いのせいなのか。彼は例えばアンデット。そういうものに近い存在になっている。すでに、だ。


 涙が頬を濡らす。杖が震える。体がかしぐ感覚。この場と彼、ゼニア。救えるのはあたしだけ。

 勇者を救う、ここまで来て、いまようやくあたしはその場に立った。

 震える杖はやがて優雅に舞い、空間に流麗な曲線を描いてゆく。その唇は澄んだ鈴の音のように響いていく。すると周囲の魔力の密度が高まって行き、世界が押し出すように足が地を離れ、そして彼女の身体がわずかに浮き上がる。

 杖が勇者を睨む位置でぴたりと止まる。見据えられ、一瞬、世界も時間も凍りつく。


 その存在を確信しないまま。「光に包まれし慈しみの女神よ」

 彼が望むか、その気持ちに触れぬまま。「かの魂に安らぎをあたえんがため」

 それが正しいかどうかも知らぬまま。「なんじが慈悲をもとめん」

 ターン・アンデッド!


 迷いを消化できぬまま、躊躇いだけを振り切った。それでもセリオンを包み込む光は優しく温かだ。光の塵となって空に還っていくその姿は、確かに苦痛からの解放には見えた。錯覚か事実かわからぬままただ見上げる。光の塵が迷宮の天井に溶けていく。

 揺れがさらにその瞬間、大きくなり、崩落して抜けた天井の一部から陽が射した。

「ネフェリウス・メルト」

 日が落ちる頃、王都の手前で姿くらましの魔法を使い。自分の姿を消して気を失ったままのゼニアを抱えて浮遊魔法で城壁の上を通過する。ゼニアの白いローブが夜風にたなびく。


 王都を上から見ると地震の影響は明らかだ。倒壊した建物から逃れ、一か所に避難し、警備兵が彼らを助けている。治安維持のため、夜警の騎士が大勢出ており、そのうちの一つ、夜警の騎馬団を見つけるとそっと彼女を地面におろし、夜警の騎士の兜にカツンと小石を当てた。騎士がこちらにやってくる。モルガナは浮遊して城外に逃げた。その際、軽い広範囲攻撃魔法を放っていく。虫を殺せる程度の弱い魔法だ。瘴気は広範囲治癒魔法で活性化する。その仮説に立てば人間には影響が生じない範囲で広範囲攻撃魔法を撃てばいいのではないか。疫病が蔓延した原因と逆のことを行うことで、疫病の原因が死滅する可能性がある。

 白い魔女にも黒い魔女にも見つかりたくない。この時代はすでに東西両方に塔が立っていた。だが、モルガナは彼女たちより100年先の、或いは彼女たちよりさらに100年の経験を積んだ魔女だ。言い換えれば二人の魔女とて今の自分と比べればひよっこ、ルーキーに過ぎない。気取られぬよう、弱いよわーい魔法を放ち、見つからないように逃げて行った。

 逃げるに越したことはない。ルーキーと言っても将来有望だしね。

 ふふふと笑うその声に自嘲が滲む。だって仕方ないじゃない。今見つかれば、すれ違うだけでは済ませてもらえないだろう。素知らぬ顔を見逃してもらえないなら仕方ない。そしてその時、たぶん手加減できない。今の自分は手加減できる心理にない。


 巨大地震のあった日、夜遅くに白いローブを着た魔女が空を飛んで王都に入ったのが目撃されている。白い魔女が人々を救うため、王都に入った。そう言われている。だって疫病はこの日を境に収束していくのだから。


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