第14話 無駄に
「しゃべっている間は笛が吹けない。笛が水を操る道具だったんだね」
そのセリオンの言葉をゼニアは白々しいと思った。女魔人が笛から唇を離した瞬間、水面の魔力に変化が生じた。それをセリオンは見逃さなかったのだ。そして会話の継続を装って始末した。笛を離している間は水を操る魔法が使えない。味方に被害を生じさせない最善の策ではある。
リーダーのやるべきこととして間違いはないのだ。彼はやはり素晴らしいリーダーだ。とはいえ種族は違うものの同性の躯を前に、自分がこの立場だったらとやるせないゼニアだ。だって相手は女性で、そして囲まれて三方から切り刻まれたのだから。ゼニアは少しだけ自分を重ね合わせ、そして唇を嚙むのだった。
霧が晴れていく。前方が開ける。そこには洞窟を塞ぐように荘厳な人口の建築物である門があった。門の前に一騎の馬とそれに跨る騎士。黒の鎧に長槍。威風堂々の風情だ。
「薄汚き人間どもよ、ここに何をしに来た?」
「魔王の悪行、ここに潰える。その日を実現するため」
「ふっふ。口先だけは一人前よ。あの世で減らず口を後悔するが良い」
まさに人馬一体。魔人の騎士は馬を自らの脚のように自在に操り、長槍を駆使して雨嵐の連撃を放ってくる。セリオスとガランが辛うじて二人がかりで敵一人の攻撃を防いでいる。二人の背後からゼニアが祈祷式魔法による攻撃。魔人の騎士が纏う黒いオーラがそれをレジスト。ダメージが通っていない。強敵だ。
勇者たちが正面を進む一方、モルガナは別の道を登っていた。アルバスに導かれて進むその階段は近道だという。洞窟の一部をくり抜き、人工的に築かれた階段だ。
やがて扉に行き当たり、それを開けて中に入ると、そこは宮殿の内部だった。鏡のように磨かれた石の床。装飾の施された柱。魔法の灯りを点すシャンデリア。階段を覆う見事な織物の絨毯。まるで王宮だ。
ガランはこれまでの冒険の日々を懐かしく思い返していた。
生まれ育ったのは田舎の村。モンスターが村の近くまでやってくることなど日常茶飯事。そんな環境で逞しく育った。幼馴染のアッシュとはいつも一緒だった。ガランの方が体は大きいが気が優しくそのためか、アッシュの方が兄貴格だった。
「ガラン、お前は力もあるんだから、体ごとぶつけるように腕をふれば、何でも真っ二つだぜ」
アッシュは色々なことを教えてくれた。剣の振り方、食べてよいキノコの見分け方、モンスター退治。アッシュに誘われ冒険者になった。最初は2人だけのパーティだった。
二人で受けた最初の任務は薬草採取。モンスター退治の依頼は最低ランクでは受注できない。そして薬草採取中にモンスターの遭遇したのだ。
「俺が引きつける。ガラン、横から体ごと剣を叩きつけろ」
アッシュがモンスターの正面に立つ。モンスターは極彩色で滑る表皮を持つ。牛よりも大きな巨大ツノガエルといった風情で、Aランクパーティさえも全滅させる戦力を持ったモンスターだ。ストライダーという。この辺りでは最強種。俊敏で一足飛びに丸呑みにしてくる。楯を持っていても丸ごと飲まれるので意味はない。そのストライダーがアッシュに飛びかかった。アッシュは地面に滑り込む。滑り込みながら体を仰向けに反転させ、下からストライダーの腹部に向けて剣を突き上げた。一瞬潰されたかに見えた。しかしアッシュの剣は根元までストライダーに突き刺さり、そのおかげでストライダーが足を延ばして地面から距離を取る。そこへ体当たりのようにガランがストライダーの横っ腹を突き刺した。
ギルドは大騒ぎになった。ルーキーがいきなりストライダーを仕留めたのだ。
「アッシュ」
勇気があって判断力にも優れていた幼馴染、莫逆の共。その死は唐突だった。ブリザードコンドルは北方の鳥形モンスターだ。警備兵との連携でその巣の破壊に向かったときに、いつもならそこに控えているはずの援護がなかった。理由は簡単だ。警備隊の隊長が変わったのだ。
アッシュはガランを身を挺して庇った。頭部をブリザードコンドルの爪で引き裂かれ、即死だったのだ。
「お前がいたら、こうしただろ?」
ガランは魔人の騎士の繰り出した槍を腹部で受けた。その際、槍で貫通されながらも体を前進させ敵の槍を封じた。そしてガランは爆発魔法のスクロールを開いた。
俺の勝ちだ!
自分の命ごと強敵を仕留める。格上相手なら、それを勝利と呼ぶ。
ガランの確信、その瞬間、魔人の騎士は槍をガランの身体ごと洞窟の壁に放り投げる。壁に激突したガランが爆発魔法で文字通り爆発したのだった。
「セリオン!」
ゼニアが叫ぶ。絶体絶命だ。
「大丈夫だ。ガランの死は無駄にしない」
魔人の騎士は長槍を失ったことで馬を降り、腰の剣を抜いていた。
少なくとも攻め手は増えた。馬を降りたことでこちらの剣は届きやすい。間合いを測りやすい。勝機は確実に増えたのだ。
「行くぞ!」
裂帛の気合で斬りこんだ。ガキインと鼓膜を破るような金属を発し、敵の剣がそれを防ぐ。二合三合と剣を合わせ、胴払いに払われた剣を前転して行き違うように逃れる。そして剣を横に払った。剣は届かない距離のはずだ。だがホーリーエンチャントのオーラが剣先から伸びて魔人の騎士の胴体を二つに断っていた。
「み、見事……」
仁王立ちのままの下半身。上半身だけが腰のあたりから二つに折れて後方に落ちたのだった。
強敵を退け、疲弊しきった足取りで、しがみつくように門を開けるとそこはすぐに荘厳な宮殿のホールになっていた。
そのホールに立つものの姿を見て、セリオンは言葉を失った。




