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第13話 もしも引き返せていたら

 すでにモルガナの頬は涙に濡れている。今はまだその意味を思い出してはいないが、アルバスの言葉にぼろぼろと涙を零している。確かにそうなのだ。魔王の仕業。そう言われるようなものは確かにある。だが魔王がやった証拠はない。証拠が無いという事実こそ、そっちの方が真実に近い事実なのだ。

「分からない。本当かどうか分からない」

 肉体が若返るという事は精神年齢の退行までも伴うものだろうか。涙が溢れて止まらない。

「なぜ泣く?お前には罪の意識とか、或いは未来に持ち越した後悔でもあるのではないか?それがお前の目的かもしれんな。意識は出来なくても」


 いや、だが少し違うはずだ。アルバスの言うことは的を射ている気がするものの、前提が違う気もする。

「今日魔王に戦いを挑んだ人間は、返り討ちにあって殺される。それは確かに間違いないよ。100年後にそう言われているだけではなく、私の記憶の片隅にもそうあるんだから」

「だとするとお前の抱える後悔は人間を救えなかった後悔なのか?もっと言えば、本物のお前がこの場にいなくてはお前の記憶には残らないはずだが?」

 確かに今のところ、この世界の黒い魔女はこの場にいない。そして少なくとも当時の自分はこの場に至る道に気付いていなかったし、気づいた記憶もない。


 モルガナは知らなかったが、この時パイクが死んだ。

 モルガナが穴の底に落ちた後、一行は一人穴の向こうに残ったパイクとの合流を試みた。残った吊り橋のロープを材料に、それを一本に結び、綱渡りのロープ上に穴の上に張る。  

 そこをぶら下がって渡るのだ。それは可能に思えた。


 しかし、作業中に背後からパイクがモンスターに襲われた。一人残され焦燥もあったのだろう。いつも一番早くモンスターを感知するパイクが作業に没頭のあまり、モンスターの奇襲に気付けなかった。モンスターはヘルハウンドが数体。さっきの生き残りが仲間を連れて報復にやってきたのだ。セリオン達は150メートルの穴の先、貪られるパイクをただ見ているしか、他に方法が無かった。


「先に進むしかない」

 戻る道は失われた。5人いたパーティも、モルガナが谷底に落ち、パイクがヘルハウンドに殺され、残るは3人だけだ。

 悲壮感が漂う。まだ魔王城に辿りついてもいないのに。

 ただ希望はまだある。治癒の祈祷式魔法を有するゼニアが健在だ。


 そしてセリオンはかつて感じたことの無い肉体の充実を覚えていた。

 内なる力が溢れ、弾けそうなのだ。セリオンの剣は流星の尾のように聖属性オーラを纏って敵をナイフでバターを掬うがごとく、容易に斬り裂いていく。その姿は勇者と言うより鬼神だった。


 剣で道を切り開く勇者たち。モルガナはパイクの死を知らぬまま、アルバスと話を続けていた。

「モルガナ、お前の質問に答えよう。言ってみろ」

「知ってたら教えて。どうして私たちは同じ言葉を話すの?これって昔は一緒に暮らしていた証拠じゃないの?」

 これは二つの種族を理解するうえで重要なことだ。

「王国で最も優れた魔法使いだと自称していたが、歴史は苦手か?」

「得意よ。でも歴史の本にはこのことは記されていない」

「歴史そのものから失われたか。まあいい。この歴史は俺たちの恥だが、聞かせてやろう」


 その昔、強大な力を有した魔女ワルプルギスは魔法でしもべを作ることに没頭していたという。そして彼女は人間そっくりの生命体の創生に成功した。その生命体を何体かつくり、あるものには彼女の住む城の警護を、あるものには厨房を任せ、またあるものには給仕を命じた。

 生命体はいつしか恋を覚えた。そして二人で駆け落ちしたのだ。それが魔人の始祖だ。千年も前のことと言われている。

「人間の作った人工生命体……」

「な、恥だろ?誰にも言うんじゃねえぞ?」

「言うかよ」

 そう返す声もどこか力ない。自分は彼らに寄り添うべきだ。そう本能のような何かが告げる。単に寄り添ってあげたい。そして言いようのない深い何かが心の奥底で感情を揺さぶる。モルガナはその正体を、この時は気付けなかった。

「ねえ、セリオンならきっと分かってくれると思う。一緒にいた人間の勇者。彼と話し合おうよ」

「お前が言うなら一度は対話を試みよう。一度は、な」

 アルバスは頷いた。否定するような気配で、モルガナの提案を肯定した。


 勇者たちが進むその先に、霧が立ち込める洞窟の一角。そこは生ぬるい水が一面を覆っており、光も届かないのに花を咲かす植物の姿が見えた。

 中ほどの岩場があり、そこに腰かけたワンピースの女性が横笛を吹いている。長い睫が印象的だ。

「魔人だな」

 ガランがいきなり斬りつけた。水面が立ち上がり、ガランの剣を弾く。

「さすがは人間ね。他の種族を害するのに躊躇いが無い」

「そうは言うけど、王都に蔓延する疫病はキミたちの王がばらまいたものだろう?」

 セリオンが口を挟んだ。その間にガランとゼニアが女の背後をとり三方を囲む。

「あなたたちの不衛生が招いた自業自得では無くて?少なくとも魔王様はそんなことなさらないわ」

「そうかもね。でもそれを証明できる?」

 その言葉と同時に鈴の音が鳴る。一斉攻撃の合図だ。セリオンとガランの剣、ゼニアの投げナイフ。一瞬間を置いてバシャッと水を叩く音が響いた。そして水面が赤く染まっていく。


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