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第1話 魔法少女

 寝ぼけ眼が見開かれるのは、目の前の鏡の先にたたずむ少女。彼女の表情はびっくりしている者の表情だ。頬に触れる。ぷっぷくの艶々だ。

 鏡の向こう、深いエメラルドの大きな瞳。その緑は深海まで届く光のよう。窓から差し込む光が月日に削られ丸みを帯びた石の床を照らし、照りかえる反射がほんのりと少女の肌を色づかせた。その瞳がキラキラしている。どう見ても10代。若返っている――。

 これ、あたし?


 王都の西と東。東にそびえる夜明けの塔に住む白い魔女と西にたたずむ夕暮れの塔に住む黒い魔女。白い魔女は希望を運び、黒い魔女は災厄をもたらす。そう言われてきた。

 黒い魔女は王都にも出没したが、よく宮廷に現れ国政にまで口を出し、白い魔女は塔から降りてくることは無く、その姿を見たものは殆どいない。

 いつしか白い魔女は死んだと言われ、その噂を裏付けるかのように蔦に覆われていく東の夜明けの塔。人々は不安に思った。200年近くも遡る大昔、この地に住んでいたとされる守護竜ゼキエルが連れてきた不思議な力を使う魔法使い。王都周辺は数十年に一度、定期的に天変地異に見舞われている。それを守ってくれたのが白い魔女と言われていた。

 最近魔物が増えてきた。それも天変地異の徴候ではないかないかと古老たちは言う。遠くに見える火山に魔王が住んでおり、天変地異を起こすのだと。白い魔女がいなくなった今こそ、その好機なのだと。


 そんな中、黒い魔女は寿命を迎えつつあった。これまで魔法を駆使して延命を繰り返してきたが、それももう難しい。200年。ここらが潮時。それでも魔女は死の間際、最後に魔力を振り絞ってとっておきの魔法、禁呪「奇跡」を使う。

 何が起こるか分からない魔法。そして私用と同時に呪文を忘れ、二度と覚えることは出来なくなるという魔法だ。


 何事も起らなかったのか魔女は息絶え、しかしそののち、魔女は目覚めた。東から陽光が西の塔に差す。朝日だ。魔女は多くの記憶を失っていた。生活や街のことは覚えているが、特に魔法が関与することの多くを忘れている気がする。だが、最後の瞬間は覚えている。禁呪「奇跡」の魔法を使ったのだ。花瓶の水が枯れ、花も枯れている。魔法を使ってから数日間は経過したか。その間、意識を失っていたことになる。

 だが起き上がって気付いた。体が軽い。自分の身体ではないような軽さ。じっと見た手が指が、若い。ぷっくりした手の甲。魔女は走って鏡の前に立った。

「う、そ……、誰?あたし?」

 十代半ばの容姿。過去に遡ったのだろうか。それが「奇跡」のもたらした効果だろうか?

 外の様子を確認したい。望遠鏡で東の塔を見ると蔦が絡まっている。

「過去に戻ったのでは、ない……?」

 白い魔女が生きていたと言われる時代には蔦は無かった。鏡の前から後ずさり、脚にからまらうものに尻餅をついた。くるぶしまである長い髪が邪魔だ。確かハサミがあったはずだ。ただのハサミでない。魔法のハサミだ。その魔法のハサミは、紙や布を裁断するハサミとして使う物ではなく、かつて武器として使われていた。片方の歯が鋸ほどのサイズもある大きなハサミだ。気紛れで受けた王宮からのモンスター討伐の依頼でその巨大ハサミをもった鎧のモンスターを倒した時の戦利品だ。そのハサミで長い髪をザクリと切った。まとめてザックリいったので、意図せずかなり短くなってしまった。ホワイトグレージュのショートヘアは、幼さの面影が残る愛らしい顔立ちに良く似合った。

「これでよし」

 動きやすいし、髪はこれでいい。問題は衣服だ。裁断と簡単な縫製でとりあえずは何とかするが、恐るべきはその色合いと野暮ったいデザインだ。

「何これ、黒しかないじゃん」

 なんでこんな服しか買っていないんだろう?いや生地だけ買ってきて自分で縫製したのか?それにしてもひどい。ひどいとは思うがこの生地を購入した記憶がないのだから、仕方ない。若返ると同時に感性とか色の見え方も変わるのだろう。クローゼットから辛うじて見つけ出したのは深い藍色のワンピースだ。

「これだ」

 長すぎる袖丈、裾丈を大胆に裁断し、折り返して裁断面を隠すように縫うと、紐をベルトにしてウエストを調整する。紐ではあるが、親指ほどの太さの頑丈な紐だ。白くて彼女のホワイトグレージュのショートヘアと共に、藍色の深みを引き立てて、とてもよく似合っている。

 アイブロウペンシルで眉をちょっとだけ。ほんのりチークに明るめの口紅。メイクは軽めに施し、ならば足取りも軽い。軽やか裾を翻し、黒い魔女は塔を降りて街に向かう。身体が軽いから、脚が動くから。走るのが楽しい。塔1階まで降りて扉を開ける。開いた瞬間、眩い陽光が差し込んだ。


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