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学校帰りの駅のホームで名前も知らない美少女と二人きりで過ごす話  作者: 剃り残し


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 四月という季節は、地球の自転速度が少しだけ上がっている気がする。


 新学期、クラス替え、そして部活動勧誘。校内はアドレナリンと不安物質のカクテルで満たされ、人口密度と騒音レベルが致死量に達している。


 特に一年生の教室周りは、勧誘ビラを持った上級生たちがゾンビ映画のゾンビの如く徘徊しており、生存戦略として「視線を合わせない」スキルが必須となる。


 17時過ぎの草葉駅。僕は命からがらその喧騒を抜け出し、世界の「避難所」へと辿り着いた。


 先客は今日も不機嫌そうだった。先輩はベンチに座り、手元にある極彩色の紙切れを、幾何学的な正確さで折り畳んでいる最中だった。


「……何してるんですか」


「呪いの儀式」


「折り紙に見えますけど」


「新入生歓迎ライブのチラシだよ。これを空気抵抗が最小になる形状に加工して、ここから隣町まで飛ばす実験をしてる」


 彼女は完成した紙飛行機を、恨めしそうに見つめた。


 チラシには『軽音部新歓ライブ! 初心者歓迎! 一緒に青春しようぜ!』という、カロリー高めのフォントが踊っているのが透けて見える。


「今日でしたね、新歓ライブ。先輩は出ないんですか?」


「出るわけないでしょ。あそこはライブハウスじゃないよ。承認欲求の養殖場だから」


「承認欲求の養殖場……」


「ステージに立ってる奴らも、見てる奴らも、みんな『音楽』じゃなくて『自分』に酔ってるだけ。アルコール度数100パーセントのナルシシズムを浴びせられる空間なんて、三秒で急性アルコール中毒になるよ」


 先輩は紙飛行機を飛ばすことなく、ベンチの上にコトリと置いた。彼女は軽音部に所属しているはずだが、そのスタンスは徹底して「幽霊」らしい。


「……でも、先輩のベースなら盛り上がりそうですけど」


「盛り上がらないよ。私が弾きたいのは、客がタオルを振り回すような曲じゃなくて、客が地蔵みたいに動かなくなるポストロックだから」


「地蔵を作るライブ……いいですね。そういうの」


「ふふっ。わかる? それに、もし私があのステージに立って、『あ、ベースのケーブル踏んじゃった』とかドジ踏んだらどうするの? 私のブランドイメージが崩壊して、株価が大暴落する」


「上場廃止ですね」


「ん。そう。だから私は、部室には近づかない。あそこの空気は湿度が高すぎて、私の前髪とメンタルに悪い」


 彼女はため息をつき、鞄からいつものヘッドホンを取り出した。逃避行動の開始だ。


「キミは行かなくてよかったの? 一年生でしょ。先輩にチヤホヤされるチャンスだよ」


「興味ないです。人が多いところは苦手なんで」


「ふーん……バンド組めなくなりそうだけど」


「まぁ……その時はその時です。外部の人と組めばいいですし」


 彼女は首にかけたヘッドホンのイヤーパッドを弄りながら、チラリと僕を見た。その視線には、少しだけ安堵の色が混じっている。


「賢明な判断だね。あそこに行けば、質の悪いポップスと、汗臭い青春の押し売りを買わされるだけだから」


「先輩、偏見がすごいですよ」


「経験則だよ。大体、音楽っていうのは、薄暗い部屋で一人で膝を抱えて聴くものじゃん。みんなで肩を組んで『イェーイ』ってやるのは、音楽じゃなくて体操。シューゲイザーってあるじゃん? ジャンルで。語源知ってる?」


「いや……知りませんね」


「シューは靴、ゲイザーは見てる人。つまり、演奏中に靴を見るくらい下を向いてる人って意味なんだ」


「陰キャですね……」


「ふふっ。そうなんだ。エフェクターをたくさん嚙ましてるから、その操作をしてる様子なんだろうけど、陰キャだよね」


「好きなんですか?」


「ん。私にぴったりだからね。轟音で、何言ってるかわかんなくて、下を向いてる。本来の私だよ」


 極論だけれど、この夕暮れの無人駅で聞くと、妙な説得力がある。彼女はジャックを僕のスマホに差し出した。


「だから、私たちはここで正しい音楽活動をするべきなわけ」


「正しい活動って、音漏れ鑑賞会のことですか」


「そう。今日のはライブ音源。歓声も入ってるけど、新歓ライブの黄色い声援とは周波数が違うから安心して」


 再生ボタンを押す。乾いたドラムの音が、鼓膜を震わせる。目を閉じると、学校の喧騒が嘘のように遠のいていく。


 隣には、偏屈で、人混みが嫌いで、音楽だけを愛する美少女。確かに、汗だくで拳を突き上げるよりも、こうして静かに肩を並べている方が、僕の性には合っている気がした。


「……ね、キミ」


「はい」


「もしキミがあっちのライブに行ってたら、今頃私はこの紙飛行機を、キミの後頭部に突き刺してたかもしれない」


 先輩の紙飛行機は先端が尖っていて、紙とはいえ本当に刺さりそうな見た目をしている。


「殺傷能力高くないですか……?」


「ん。先端を鋭利に折っておいたから」


 先輩は口元だけで笑った。冗談か本気か判別できないトーンだが、彼女なりに「こっちに来てくれて嬉しい」と言っているのだと解釈しておく。


 カン、カン、カンと踏切が鳴る。その瞬間、紙飛行機を投げるフリをしながら先輩がため息をついた。


「……あーあ。今日も一日が終わっちゃう」


「まだ明日がありますよ」


「うあー……明日は金曜日だよ。一週間分の疲労が蓄積して、私のHPは赤色点滅状態になる予定」


「回復魔法かけときましょうか?」


「ふふっ……ありがと。ホイミ? ケアル?」


「いえ。ディアです」


 それで何のゲームを指しているのか察した先輩はにやりと笑って「あれも曲がいいんだ」と言いながらグーを向けてきた。


 迷わずグータッチをしたその瞬間、電車がホームにゆっくりと入ってきた。すると風圧でベンチに置かれた紙飛行機が飛ばされる。


 それは線路の方へは行かず、ホームのフェンスを超えて道路に出ると、誰もいない用水路へひらひらと不器用に落ちていった。


「……飛距離、二メートルくらい?」


「設計ミスですね」


「や、違うよ。遠くに行きたくなかっただけ。制作者の気持ちとシンクロしてるんだ」


 彼女は電車に乗り込み、窓越しに僕を見た。


 その表情は、新歓ライブを軽蔑するシニカルな顔ではなく、ただの放課後の女子高生の顔だった。


 そして、少しだけ笑顔を見せて手を振ってくれる。僕もそれに応えるように手を振った。


 僕たちは部活には積極的に参加しない。部室には顔を出さない。


 ここが、僕たちの部室だからだ。


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