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学校帰りの駅のホームで名前も知らない美少女と二人きりで過ごす話  作者: 剃り残し


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 世界が衣替えをした。ほんの数日前まで、この草葉駅は薄ピンク色のフィルター越しに見る夢のような場所だった。


 駅裏の桜並木が、老朽化したホームの粗を隠す優秀なファンデーションとして機能していたからだ。


 だが、祭りは終わった。花びらは地面に落ちて茶色いシミになり、枝には暴力的なまでに鮮やかな「緑」が溢れ出している。新緑。それは生命力の押し売りだ。


 17時過ぎ。先輩はベンチでぐったりとしていた。


 いつもの文庫本も開かず、ヘッドホンも首にかけたまま、目の前に広がる田園風景と木々の緑を、親の仇を見るような目で見つめている。


「……ここはうるさいね」


 僕が座るなり、彼女は呻くように言った。


「誰も喋ってませんよ」


「視覚情報の話だよ。見てよ、この彩度。目に痛い」


「新緑ですね。目に優しい色とされていますよ」


「や、嘘だよ。あれは『私は生きてるぞ!』っていう自己主張の塊だから。光合成という名の生産活動を、頼みもしないのに見せつけられてる気分」


「植物の営みをハラスメントみたいに言わないでくれます!?」


 彼女は深くため息をつき、カーディガンの袖を引っ張った。


 季節の変わり目のこの時期は制服だけでは肌寒いが、冬服では暑い。この中途半端な気温も、彼女の不機嫌に拍車をかけているらしい。


「桜はよかったよ。あいつらは『散る』という美学を持ってたから。リバーブが効いてた」


「はあ……」


「でも新緑はダメ。音がドライすぎる。アンプ直結のクリーン・トーンで『元気ですかー!』って叫ばれてる感じ。イコライザーで緑色をカットしたい」


「現実世界にイコライザーはないですよ……視覚情報ならサングラスでもかけたらどうですか」


 先輩は「それだ」という顔をしたが、すぐに首を横に振った。


「……タモリさんみたいになるから却下」


「そこはミュージシャンと言ってください」


 先輩は気だるげに空を仰いだ。


「……ね、キミ」


「はい」


「もう、変わっちゃうね」


「何がですか?」


「全部だよ。風景も、クラスの雰囲気も。一学期が始まった頃の『よそよそしさ』が消えて、みんな馴れ合い始めてる」


 彼女は視線を落とし、自分のローファーのつま先を見つめた。


「私は変化が嫌いなんだよ。エフェクターのツマミの位置だって、一度決めたらミリ単位で動かしたくない。セッティングが変わると、昨日の私と同じ音が出せなくなるから」


「現状維持志向が強いですね」


「ん。伝統芸能と同じ。保守的なんだ、私は」


 4月が進むにつれて環境が変わり、気温が変わり、色彩が変わる。変化を嫌う彼女にとって、この時期はストレスフルなのだろう。


 彼女の不安はわかる気がした。時間は流れる。桜は散り、緑になる。


 この15分間の関係も、いつか形を変えてしまうのではないかという、漠然とした予感。


「……でも、先輩」


「なに」


「この駅は変わりませんよ」


 僕は視線をホームの錆びついた柱に向けた。


「あの柱の錆び具合、先月から一ミリも進行してません。時刻表も改正されてないし、自販機のラインナップも相変わらず冬のおしるこが残ったままです。まぁ、錆はゆっくり進むし、ダイヤ改正はあるかもしれませんけど」


「もうおしるこの季節じゃないけどねぇ」


「まぁ、確かに。けど、要するにここは時間が止まってるんです。世の中がどれだけ緑になろうと、ここだけはセピア色のままですよ」


 先輩は僕の顔をじっと見た。そして、ふっと鼻で笑った。


「……詭弁だね」


「事実です」


「でも、悪くない詭弁」


 彼女は首にかけていたヘッドホンを装着した。ジャックは、今日は自分のスマホに繋がれている。


「キミの言う通り、ここはシェルターなのかもね。時間の風化に耐えるための」


「そう思って使ってください」


「ん。……あ、ちなみに今聴いてる曲、教えてあげようか?」


「なんですか?」


「『TheAlbumLeaf』の『AlwaysForYou』」


「タイトルだけ聞くとラブソングみたいですね」


「違うよ。電子音と生楽器が融合した、完璧な調和の世界。新緑の暴力的な緑色を、アンビエントな音像で中和してるの」


 彼女は目を閉じ、音楽の世界に逃避した。風が吹き、木々がざわざわと揺れる。


 先輩が言うほど「うるさい」緑ではないと僕は思うけれど、彼女が目を閉じている間は、僕も風景のことは忘れることにした。


 カン、カン、カンといつものように踏切が鳴り出した。


「……じゃあね」


 立ち上がった先輩が、少しだけ穏やかな顔で言った。


「明日はサングラス持ってくるかも」


「タモリさんになっても他人のフリはしませんから安心してください」


「ふふっ。Mステの司会ごっこに付き合ってもらうから覚悟して」


「テーマソング流しながら階段降りましょうよ」


「ふふっ、それ絶対やろうね」


 電車が来る。彼女が乗り込むと、緑色の景色の中に消えていく。季節は巡る。


 けれど、僕たちは明日もまた、この変わらない場所で会う。それがわかっているだけで、新緑の眩しさが少しだけ和らいで見えた。


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