苦し紛れの嘘
『沙也加!沙也加!』
陽介はちょうど8年前を思い出した。
「どうしようもなかった」
自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
ふと目覚ましに目をやると予定の出発時刻を10分も過ぎていた。
「やばっ!今日だけは遅刻できないんだ」
ベッドから飛び起き、昨日脱ぎっぱなしのジーンズを履き、横にあったパーカーを頭から被る。
昨日オカピーと食べた焼き肉の匂いがした。
脱いでいた靴下を履くのに抵抗があったので、窓際のカーテンレールにかけてある洗濯バサミから取り外した。
スマホと財布をズボンのポケットに入れ、いつものリュックと安物のダウンジャケットを持って部屋を出た。
外階段の真下に止めてある一番ボロボロの自転車に跨り駅に向かった。
駅までは自転車でゆっくり走って20分、急げば10分なので寝坊した時間を挽回できる。
息も切れ切れに、タイヤを溝にセットするタイプの無人駐輪場に自転車を止め改札口を目指してラストスパートをかける。
走りながらリュックのチャックを開け、交通系ICカードを取り出し自動改札機にかざす。
世界陸上日本チームのバトンパスさながらに改札をスムーズに通り抜け障害物競争の様に人をかき分け、発車ベルが鳴り始めている電車にハードルを越えるかのように飛び乗った。
「はぁ、ん、はぁ、間に合、、った」
『大変危ないので駆け込み乗車はご遠慮ください』
車内放送が流れ、車両の客全員がこちらを見ているような気がした。
何か所も座れるところはあったが隣の車両に移ることにした。
連結部分から入ってすぐの右側三人掛けシート扉側に座ることにした。
向かいにはパンク系の二十歳前後の女性がスマホを凝視していた。
同じ三人掛けシートには空席を一つ挟んでスーツにコートを羽織った30代女性が本を読んでいた。
目的地の駅まで15駅、乗車時間40分。
いつもだとスマホでネットサーフィンをするのだが、今日はこの時間を過ごすための準備をしてきている。
リュックの中から1週間前に届いた封筒を取り出した。
封筒はすでに上部をカッターで切って開けてある。
宛先は
『比留間陽介様』
送り主は不明。
中には1冊の分厚いノートが入っていた。
表紙には
『友山沙也加』
と小さく書かれている。
表紙をめくると表紙の真裏の部分にも文字が書かれていた。
『陽介の取説?
このノートは比留間陽介のことを書き留めておくためのノートです。
会話、プレゼント、イベント、なんでも陽介と過ごした
かけがえのない時間を記録するよ。』
ノートの冒頭には入学式というタイトルがつけられていた。
『「入学式」
今日は高校の入学式、あまり乗り気じゃなかったんだけど同じクラスの
比留間陽介という男の子に一目ぼれした。
見た目や雰囲気、声、すべて私のタイプ
今日から3年間、少しずつ比留間君と仲良くなりたいな』
『「自己紹介」
今日はホームルームで自己紹介をしたよ。
比留間君は小学生から野球をやってるんだって。高校でも野球を一生懸命
頑張りたいっていってた。
じゃぁ私はマネージャーやろうかな。って私には無理か・・・』
他にも、初めて喋った日のこと、実習で一緒の班になった事などがビッシリとノートに書かれていた。
アパートのポストにノートが入った封筒が1週間前に誰かから届き何度も読み返した。
ノートをパラパラとめくっていく。
そして一番最後に書かれた文字
『「苦し紛れの噓」』
が頭から離れなかった。




