第5話 ニア解放へ②
真夜中の森で息を潜め、私はじっと目を凝らし、運命が動き出す刻を待ちます。
いつもなら眠気に耐えることができないほどの時間でも、気持ちが落ち着かず張り詰めていました。
そして、その刻は突然やってきました。
ニアの町周辺に広がった耕作地のそこかしこから一斉に飛び上がった光が意思を持つように集まっていき、暗い夜空に光の川をつくっていく光景は、形容する言葉がみつからないほどに幻想的で心を惹きつけられました。
私はドレミーをトートバッグに移して肩にかけ、ニアの町に向けて走り出しました。
町はまだ静寂が続いているけど、確実にダルクさんたちは動き出しているはず。
私が町についたら全て上手くいって終わっていたらいいなと思いながら、息があがるのもお構いなしに駆け続けました。
小さなニアの町には昔と変わらず城壁のようなものは存在しないので、私は足を止めることなく町に突入します。
人間たちは、かつての鬼神族の長の屋敷を根城にしていて、魔蝶族の一人もそこに捕らわれていると聞いていたから、記憶を頼りに長の屋敷へ向かいました。
屋敷へ近づくと、バタバタと駆ける足音や断末魔の悲鳴が聞こえてきます。
状況がわからない不安を振り払い、私はこじ開けられ壊れた玄関の戸を横目に屋敷に侵入しました。
生暖かく鼻孔を刺激するこれは血の匂いなのかもしれない。
こんな不快な匂いに包まれたことがないから、吐き気を催したけど、それを無理矢理飲み込んで、物音の激しい方へ足を止めずに進みました。
途中で何体もの血を流す人間の死体を見たけど、本当に魔蝶族にそっくりで、自分でもよくわからないけど涙が零れた。
恐怖なのか憎しみなのか、それとも生命の死に対してなのか、わからないものはわからないから考えるのを止めた。
最奥の部屋の前に辿り着くと、ダルクさんを含め3人の鬼神族がかなり焦った様子で怒鳴りあっていて、私は全てが上手くいっているわけではないのだと理解しました。
「仕留めたのは9人だな、最後の一人はこの部屋だろ?」
「扉がびくともしねぇ、魔法でもかかってるのか!?」
「壁をぶち壊すしかねえ!」
ダルクさんたちが、杭を打ち込むための大きなハンマーのようなもので壁を壊そうとして、大きな音が響きます。
中にいるだろう人間は、とっくに異変に気づいているだろうと思うと、胸中に不安がひろがっていきます。
そして、その不安は最悪の形で現実のものになりました。
突如として、耳を塞ぎたくなるような大音量が町に響いたのです。
何これ、これも魔法なの?
「鬼神族ども、反逆者を殺せ!」
町中に反響したであろう単純な指示。たったそれだけの命令だった。
それだけで、同胞を殺してしまうほど、隷属紋の命令は絶対なの?
壁は壊れ始めているけど、ダルクさんたちが通り抜けるにはまだまだ小さいのに、ここに集まってくる足音は確実に大きくなってきている。
失敗…。
その言葉が脳裏をよぎり、何の力にもなれない自分に悔しさが滲みました。
一人くらいなら鱗粉で浄化できるけど、そんな状況ではない…。
私が余計なことしたから、ダルクさんたちは無駄に死んでいくの?
魔蝶族もずっと監禁されて酷い目に遭わされるの?
そんなの嫌だ。
どうせ殺されるなら、やるだけやってみよう。
「私が行きます!」
そう言って駆け出すと、私はダルクさんたちが力ずくでこじ開けた壁の穴に体をねじ込みました。
穴の大きさは私の体でもギリギリで、木材のささくれで皮膚が裂け、痛みのあまり身動きがとれない。
それでも、私は部屋の中にいた人間に憎悪の眼差しを向けます。
「ダルクさん、私の体を押し込んで!」
一瞬の間があり、強い力で私は部屋の中へと押し出されていきます。
体中が傷だらけで流血も酷い状態だ。
そんな様子に怯んでいた人間は冷静さを取り戻したのか、私に向けて杖を構えた。
「隷属紋を解除したのはおまえだな?危険分子はここで排除する。」
人間が不快な言葉を唱えると、杖の先に何かが集まっていくようだった。
私は穴から完全に抜けられたものの痛みでまともに動けない。
何もできなかった…。
絶望に支配されて目をつぶったとき、必死に叫ぶドレミーの声が聞こえたのだ。
「オルフィー、耳をふさぐニョ!」
ドレミーが何をしようとしているか、私は瞬時に理解してしまった…。
でも、止めたからってみんな死ぬことに変わりがないなら、ドレミーの『がんばり』を受け入れようと思った。
私は冷酷だ…。
そう思いながら、なけなしの力で私は両耳を強く塞ぎました。
耳を塞いでいるのに、魂を刈り取られるかと思うようなドレミーの叫びが耳に響き、意識が遠のきそうになるけど、絶対に意識を手離すものかと耐えた。
静寂が戻ったときには、人間もダルクさんたちも気絶しているようだった。
それでも激しい足音が近づいてきているのは、ドレミーの叫びが届かなかった鬼神族かな。
急がなきゃ…。私はポケットからナイフを取り出し、よろよろと人間のもとに這い寄ると、心臓めがけて突き刺しました。不思議と躊躇する気持ちはなかったです。
心臓を外していたらいけないから、何回も刺しました。
そうすることで、他のことを考えたくなかった。
ドレミーが死んでしまう事実に向き合いたくなかったのだ。




