第3話 鬼神族のおじさん
私たちが森の出口に到着したときには、太陽は中天にさしかかっていました。
森から完全には出ないようにして、足の疲れをとるために座り込み、途中で採取した果物を口に放り込みながら休憩します。
ついでにドレミーをバッグから出して、木漏れ日のあたる位置に置いてあげると、アホ毛がピクピク動いていて気持ちよさそうです。
木々の隙間から遠目にニアの町の様子をうかがうと、3年前の記憶と同じ場所に町は存在していました。
この辺りはもともと辺境の地域なので、町も小規模で鬼神族が農耕や森での狩猟を通してのんびり暮らしていました。
変わったことと言えば、町の周囲に広がる畑が昔より広くなったことと、野良仕事に従事する鬼神族が痩せ細ってみえることくらい。
鬼神族は額から立派な角を生やし、強靱な体躯をもつ心優しい部族でした。
食料確保のためとはいえ森の危険な動物を狩ってくれるので、魔蝶族は鬼神族に好意的で、森の恵である果物と鬼神族のつくる反物をよく物々交換していました。
どういう状況なんだろう?
鬼神族が必要としている量以上の農作物を育てているのは間違いないと思う。
人間に渡さないといけないのかな…。
あんなにたくさん育てているのに、みんな痩せちゃって可哀想。
収穫しても自分たちは少ししか食べられなかったら悔しいだろうなぁ…。
みんなで逃げちゃえばいいのにと思ったけど、逃げられない理由があるのかもしれない。
今は情報がなさすぎて、わからないことだらけだから鬼神族の誰かと話したいな。
私は人間族が畑の周辺にいないか確認してみました。
人間族の見た目は羽のない魔蝶族にソックリだと聞いた覚えもあるので、今見えているのは鬼神族だけだと思う。
今がチャンスかもしれないね。
私はドレミーをバッグに戻して、一番近くで野良仕事をしている鬼神族の男性のところへ背をかがめて目立たないように近づいていきました。
苦しそうな表情で一心不乱に鍬を振り下ろしていた鬼神族のおじさんが、私の存在に気づいて目があいました。
すごく驚いているみたい。
一瞬だけ鍬を振り下ろす手が止まったけど、すぐに野良仕事を続けながら小声で話しかけてきました。
「魔蝶族のお嬢ちゃん、こんなところにいて大丈夫なのかい?」
「私、オルフィーっていうの。成体になったばかりで魔界がどうなっているのかわからなくて…。」
おじさんは目を見開いて動揺しているようでした。
「それじゃあ、お嬢ちゃんは隷属紋を刻まれてないのか?」
「隷属紋って何?」
「こりゃあ驚いた…。まだ支配されてない魔族がいたんだな。隷属紋っていうのは体に刻まれると人間に逆らえなくなる呪いみたいなもんだ。これのせいで逃げることもできやしねぇ。」
そういうと、おじさんは腕まくりをして二の腕を見せてくれました。
腕には黒い紋様が刻まれていて、禍々しい気配を感じました。
「それって消せないの?消してみんなで逃げようよ。」
「消し方がわからん。それに逃げるなと命令されてるからなのか、逃げようとしても体が拒否しちまうんだ。」
なにそれ、ずっと奴隷のように生きなきゃいけないの?
「おじさん、私がなんとかするから、それまで我慢してね。」
「お嬢ちゃん、お前だけでも逃げろ。人間に捕まったら他の魔蝶族みたいに監禁されて鱗粉を搾り取られるぞ。」
魔蝶族が監禁されてる?生きているってこと!?
私の胸に大きな希望の火が灯りました。
魔蝶族の鱗粉は羽の色や模様によって様々な効果を発揮するのだ。
同じように見えても一人一人微妙に違うので、効果も全く同じにはならないらしいです。
蛹になる前に気になって、お母さんにたくさん質問したから色による特徴は覚えていたよ。
(白は癒やし、黒は恐怖、赤は痛み、黄は高揚、緑は沈静、青は浄化、紫は幻惑)
私はライトブルーに白だから、浄化と癒やしの効果があるはず。ライトブルーが基調色だから浄化の効果が強くでているはず。
そこで、ふと思いました。浄化って綺麗な状態に戻すことだよね。
私の鱗粉で、この隷属紋って消せないかな。
私は自分の羽を手で擦って、青白い鱗粉をこそぎ取ってみました。
太陽の光を浴びてキラキラ光っていて綺麗です。
「おじさん、私の鱗粉は浄化の効果があるはずなの。その隷属紋を消せないか試してみてもいい?」
「そいつはすげぇな、やってみてくれ。」
おじさんが少しかがんでくれたので、私は手についた鱗粉を急いで隷属紋に塗り込んでみました。
すると、禍々しい黒い紋様は綺麗さっぱり消えてしまいました。
「こいつは驚いた!お嬢ちゃんは隷属紋を消せるってのか…。」
しばし呆然としていた後、おじさんは鍬を置き私の前で跪きました。
「お願いだ、なんだってするから、鬼神族を、魔族を助けてくれ!」
おじさんは先の見えない暗闇の中に一筋の光を見いだしたように、目に希望の光を宿していました。




