第29話 追手④
(フィズ視点)
弓使いを追って、ダルク殿は森の奥へと姿を消した。
目の前には魔法使いと近接戦闘を得意とする戦士なのだろう男。
自信に満ちた顔を見るに、キエムという魔界側に寝返った男と同様にタレント持ちなのだろう。
私も牙狼族に進化し、キエムとの模擬戦なら優位に戦えるだけの実力はあるが、後ろに控える魔法使いが厄介だ。
ダルク殿が援軍との合流を示唆していったのも納得できる。
蛮勇は誇れるものではないし、こんなところで死んでしまってはオルフィー様に申し訳ない。
それに、私の鼻と耳は後ろから迫ってきている犬人族と森人の気配を感じとっている。
敵対していれば共に迫ってくることは考えづらい。
つまり、オルフィー様が森人を解放してくれたのだろう。
重傷を負ってなお、盤面をひっくり返すとは流石です。
折角オルフィー様がつくってくれた好機を無駄にはできない。
ならば、私がやるべきことは数的不利が覆るまでの時間稼ぎだと判断した。
戦士は油断なく構えをとっているが、その小手は光を纏っている。
あの矢と同じように、魔法の力で何かしらの強化が為されているはずだ。
魔法使いが何やら呪文を唱えはじめ、杖の先に青い光が形をなし始めている。
同時に攻撃するつもりなのか?
こちらも手札を温存している場合ではないな。
私は『獣化』を実行する。
骨格が変わる痛みにも似た違和感を経て、私は一匹の狼へと姿を変えていく。
人間どもの唖然とした顔が痛快だ。
この形態のほうが早く動けるので、攻撃回避に専念する今の状況には適しているし、あの戦士は無手で戦うのだろうから対人以外は対処しづらいだろう。
獣化が終わると同時に、魔法使いの杖から光弾が放たれ私に向かってくる。
直線的に飛来するそれを、私は動物的勘で右に跳んで躱したが、そこに戦士の男が突っ込んできた。
キエムと比べてだが、想定より動きが速い。
私の頭部に向けて拳を振り下ろそうとするモーションを直感的に読み、不十分な体勢のまま、更に右へ跳んで回避を試みる。
しかし、その拳がピタリと止まったのだ。
フェイント!?
そう思ったとき、男の蹴りが私の前足を払うようにヒットした。
空中で大きくバランスを崩され、横倒しに大地に崩れ落ちてしまった。
すぐに体勢を立て直すが、横から戦士が迫り、正面には魔法使いが先ほどの魔法の準備を終えようとしていた。
正面に魔法使い!?
偶然にもチャンスが巡ってきたではないか。
敵は獣化した私の前への推進力を知らないのだ。
ここからなら、戦士の攻撃を躱すと同時に、ひとっ飛びで魔法使いに肉薄できる。
時間を稼ぐと決めたが、横に逃げていてはいずれ捉えられてしまうのは明白だ。
死中に活を求める!
大きく前方に跳び、戦士の振り下ろす拳から逃れた。
蹴りなら間に合わなかっただろう…。小手に魔法の効果がのっていることが幸いしたかもしれないな。
私の突貫に恐怖を感じた魔法使いは、不完全なまま光弾を放ったため、狙いが定まっておらず直撃は免れた。
耳をかすめたため、痛みはあったがどうでもいいことだ。
私は跳んでいるのだから、どうせ回避もままならない。
相手が焦って外してくれたことに感謝しつつ、私は前足の爪で魔法使いの首筋を切り裂いた。
勢いよく血しぶきがあがり、魔法使いはのたうち苦しんでいる。
これで1対1だ。そう思った矢先に臀部に重い衝撃が走った。
そして臀部から全身を貫くように痛みが駆け抜けていった。
雷にうたれたかと思うような衝撃の後、体が麻痺して思うように動けないことに気づく。
これは万事休すか…。
なんとか、頭部を後ろに向けると、怒りに顔を歪ませた戦士が私を見下ろしていた。
「犬畜生が、よくもやってくれたな!」
あぁ、喋ってる暇があるなら私に止めを刺せばよかったのに。
そんなに怒りに身を任せているから状況の変化に気づけないのよ。
私は戦士の後方の木々の枝に幾人もの森人の姿を確認していた。
森人たちの放った矢が次々と戦士の背中に突き刺さっていった。
九死に一生を得るとは、こういうことを言うのだろうな。




