12、謎の行商人現る
「ロゼリアは本当に大丈夫かしら……」
頭上には雲ひとつない青空が広がっているが私の心は真逆でどんよりとしている。
閉じ籠ってばかりでは体に悪いと心配されたので屋敷の近くを散歩することにしたのだが、その足取りはどうしても重くなりため息ばかりがでてしまっていた。
「テイレシアお嬢様、ロゼリアお嬢様ならきっと大丈夫ですよ」
「そうね……」
さすがにひとりで散歩するわけにもいかないので侍女が付き添ってくれているのだが、彼女もロゼリアとは仲がよいのでとても心配しているだろうに私に励ましの言葉をかけてくれる。公爵家の使用人はみんなロゼリアをとても可愛がっているから尚更だ。
だって、あんなに可愛いのですもの!
ロゼリアの顔を脳裏に浮かべ、再び重いため息をついてしまった。お義母様の再従兄弟であるアルファン伯爵からのお手紙でロゼリアが無事だとはわかっているけれど、どうしても不安でいっぱいになってしまうのだ。
あぁ、だからこそ私までみんなに心配をかけてはダメね。なにか気分転換でもして前向きに考えないといけない。今の私に出来ることは待つしか無いのだから。
それに、あれから新しい噂が飛び交っているせいで町の人たちは混乱している。なんと王宮で働く人たちが次々と辞めさせられているというのだ。その中には私が王子妃教育で教えを乞うていた教師の方々や、王宮で私の身の回りの世話をしてくれていた使用人たちもたくさん含まれていた。というかほぼ全員が私が関わっていた人たちであったのだ。その事実が余計に混乱を招いているのだろう。
みんなとても仕事熱心で良い人たちだった。私が立派な王子妃になれるようにと応援してくれていたのに、今回の婚約破棄騒動に巻き込まれた上に解雇までされるなんて本当の被害者は彼らであろう。本当に申し訳無さでいっぱいだった。
たぶんだが、あの阿保殿下がやらかしたのだろうな。と思った。皆さんは私と仲がよかったから殿下から反感を買ったのだろう。そうだとしたら私のせいで追い出されたことになるのだ。もし恨まれていたとしても仕方無いとも思う。
しかし、そんな能無し殿下の愚行を許すなんて国王陛下は何を考えているのだろうか……。親バカにも限度というものがある。しかも王族となればその言動は軽いものではないのだ。ちょっとした感情でやった事が誰かの人生を狂わすのだと、あれほど訴えたのに彼には何も届いていなかったのだろう。
それにしてもあの親子のストッパーでもある王妃殿下があんな愚行を見逃すなんて信じられない……。そこまで考えて、あることを思い出した。
そういえば、王妃殿下は重大な要件があるとかで里帰りなされているんだったわ!と。
もしかしなくても、今回の婚約破棄と新しい婚約者の事などを王妃殿下が知らない可能性がでてきてしまった。それにしても里帰りなされてからもう1週間は過ぎているのにまだお帰りにならないなんてもしやなにかあったのでは……。
あの阿保殿下と親バカ陛下はどうでもいいが、王妃殿下は私を可愛がって下さっていたしそれなりに仲も良かったのでやはり心配だった。
そんな事を考えていた時、ふっと視界の隅に人影が見えた。
……誰かが、野生動物に襲われている!?
「あっ、お嬢様!?」
私は侍女が止めるのも聞かず、とっさに走り出していた。
***
(???視点)
「うわぁぁぁぁぁっ!!」
「ぶひぃっ!!」
まさか近道になるからと、森の抜け道を通っていたら凶暴で危険だと言われているシシイーノに出くわすなんて思いもしなかった。追い払おうと小枝を投げつけたら逆に追い掛けられてしまっている始末だ。
オレの国ではこの時期にシシイーノはあまり見かけないから油断していたが、この時期はこっちの国に移動していたから見かけないのだとやっとわかるがすでに遅い。
「うおっ?!」
ぬかるみに足をとられ盛大にその場に転がると、もう目前にシシイーノの牙が迫っていてオレは神に祈るように固く目をつむった。が、
「ちぇすと────!「ぶひぃっ?!」ですわぁ!!」
どごぉっ!と風を切る音が聞こえて思わず目を開けると、目の前にあったのはひらりと宙に舞うレースと白く細い足だった。
「ご無事ですか?!」
「ふぇ?!」
凶暴なシシイーノを一撃で華麗な回し蹴りで仕留めたその足の持ち主は少女で、艶やかな黒髪をふわりと靡かせ、エメラルドのような緑色の瞳でオレを見たのだ。
う、美しい……。その少女のあまりに美しい動きにオレは顔を隠すのも忘れて見惚れてしまっていた。
「まぁ、あなた顔にケガをしているのでは……」
「!」
少女が心配そうに顔を覗きこんできて、やっと自分の顔が見られてしまったことに気付く。
「いや、これは……生まれつきで……」
オレの顔には生まれつき顔の右半分に大きなアザがあった。赤黒く血のように見えるそれを見た人間のほとんどは表情を歪め不快だと反応するのだ。特に女性には悲鳴をあげて逃げられる事も多い。だから、きっとこの少女も同じような反応をするだろうと思い、顔を隠そうとした。
だが、少女の反応は思っていたのと違っていた。
「まぁ、そうでしたのね。では痛みはありませんの?他にケガはしていませんか?」
「えっ……。あ、はい。痛みはないし、ケガもしてない、です」
オレがそう答えると少女は「良かった」と、ふわりと笑顔を見せたのだ。
この顔を見られた後で、こんなに自然な笑顔を向けられたのは初めての経験だった。
「あなたは他国からいらしたのかしら?この時期はシシイーノがよく出没するんです。でも刺激しなければ襲ってくることは滅多にないのですけれどね。お気をつけて下さい」
後からやってきた侍女らしき女性になにやら指示をした後も少女は笑顔のままだ。そこに不快な影は欠片も感じられなかった。
「私はテイレシア・オーガスタスと申します。あなたのお名前をお聞きしても?」
「あ、えーと、オレは……クリス、です。商人をしていて、この国へは行商へやって来ました」
その名前を聞いてハッとする。そうか、この人が……。そう言えば、少女の見た目は事前に教えてもらっていた情報と同じだった。
少女……テイレシア嬢の笑顔に見惚れてしまったのもあり反応が遅れたが、あらかじめ決めておいた設定を話せばテイレシア嬢は嬉しそうに手を合わせた。
「まぁ、行商の方でしたのね!それなら是非我が家に来て商品を見せてくれませんこと?……少し気分転換をしたいと思っていたところでしたのよ」
そう言って少し悲しそうな目をするテイレシア嬢から視線を離せずにいると、彼女の侍女がサッとオレの背後にやって来て低い声で耳打ちをしてきた。
「……お嬢様が望まれたのでお連れしますが、少しでも変な動きをすれば容赦致しませんので、ご了承下さい」
そう囁かれ、背筋に冷たい汗が流れる。なんで侍女がこんな殺気を漂わせられるのだろうか?とは思うが、事前に聞いていた情報が確かならばあり得ない話ではないなとおとなしく頷いた。
そう、なぜならオレはある人に頼まれてテイレシア嬢に接触しにきたのだから。まさか、出向かう前にこんなところで会うとは思わなかったが。
屋敷に向かう途中テイレシア嬢にシシイーノ撃退について問いかけたら「私、幼い頃から護身術を習ってまして師範の方から太鼓判を押されていますのよ」とオレの国でもかなり有名な格闘家の名前をあげた。そんな事までは聞いていなかったので自然に驚くことが出来たが、絶対にわざと教えてくれなかったのだろうなとある人のしたり顔を思い出していた。それにしても、その人物は弟子にも厳しくてなかなか認められないと聞いていたがその格闘家から太鼓判を押されるなんてどれだけ強いのだろうか?と細身の少女の体を想像した途端、背後からの侍女のヤバイくらいの殺気に殺されるかもと真剣に思ったのは内緒である。




