容疑者は容疑の一部を否認している
雨の降った日。
二人の女性が殺された。
犯人は交際相手の男性だった。
男が一人に女は二人。
痴情のもつれだろう。
被害者の内の一人は絞殺。
そして、もう一人は実に凄惨な殺され方だった。
「28箇所の刺し傷——穴だらけのチーズを見ていたような気分だよ」
警察関係者がそう言っただとかなんとか……不謹慎な噂が広まったが多くの人々にとって翌日のニュースを見た頃には『どうでもいい日常』として忘れられていた。
『——容疑者は容疑の一部を否認しているとのことです』
誰もが否認した内容を知ろうとも思わなかったしそもそも興味がなかった。
***
事件から一ヵ月程後。
一人の刑事が墓参りに訪れていた。
「お疲れさん」
そう言いながら墓に缶ビールを供える。
彼女は安物の酒が好きだった。
――すると。
「はい。どうも」
見るも無残な刺し傷まみれの女性が現れて缶ビールを取り上げて蓋を開けた。
彼女は酒が好きだった。
特に仕事終わりの酒が。
――よくこうして二人で飲んでいたっけ。
「同情の余地がなかったのか?」
「ん。そうだね。そもそも日常的に暴力振るっていたみたいだし」
「死刑にされて当然の男だったと?」
「私はそう思ったかな」
「なるほどな」
刑事はため息をつきながら相棒の隣に座った。
彼女が殺されたのはもう五年近くも前になる。
28箇所の刺し傷により死した彼女の死に目に刑事は会えなかった。
……犯人は未だに捕まっていない。
「今回も軽蔑しないんだ」
彼女の言葉に刑事は力なく頷いた。
どのような経緯で『そうなった』のか彼女は教えてくれない。
だが、事実として彼女は幽霊として世界に留まる道を選んだ。
少しでも多くの人間を救うため。
――そして、少しでも多くの人間を死刑にするために。
『人を殺す人間なんて基本的に更生のしようがないよ。だから私はそんな奴らに引導を渡してやるんだ』
そう言った彼女の行動は実にシンプルだ。
つまり、事件現場に現れて『二人目の被害者』として振る舞う。
だからこそ、犯人は皆動揺するのだ。
自分は『二人』も殺していない、と。
しかし、現実として死体は『二つ』あるのだ。
そうなれば二人殺したと思われるのは当然だ――二人殺したならば死刑も現実的なラインとなる。
『歯がゆいよ。幽霊は姿を見せられるのに止めることは出来ないんだから』
彼女の言葉に刑事は答えることは出来なかった。
そして答えることが出来ないからこそ、今も彼女の行動を止めないし止めようともしない。
「ビールの値段、また少し上がった?」
「そうだな」
「ならもう来なくていいよ」
「別に財布が痛むほどじゃないさ」
「……ここに頻繁に来れるほどあんたも暇じゃないでしょ?」
「あぁ。俺もそれなりに出世したからな」
「へー! すごいじゃん!」
「厄介なライバルが死んだからな」
女性は穏やかに笑った。
刑事もまた微笑むと立ち上がる。
「しばらくは会えないことを願う」
「無理だよ。ここんところ物騒だしさ」
刑事は肩を竦めた。
彼女を放置して良いのか、悪いのか。
未だに答えは出ない。
だけど、少なくとも――自分は彼女にこうして会えることが嬉しいと思っていた。
「それじゃあな」
「ん。またね」
二人は別れた。
かつて、二人で仕事終わりに互いの家で宅飲みをした時と同じように。
あの時と何にも変わらない。
彼女の家の形が変わって小さくなっただけだ。
――刑事はそう思うようにしていた。
二人が彼女を殺した犯人に辿り着くまであと五年。
彼女が成仏するまであと五年と一ヵ月。
そんなこと、二人は当然知る由もない。