孝行猫、その他
〈犬猫と遊んで深し春の日々 涙次〉
【ⅰ】
犬、と來れば猫である。今回はテオくんのお話。
テオ:谷澤景六。片やカンテラ事務所の天才猫。片や人氣作家。そのテオに作家として欠けてゐるものは、メジャーな文學賞の受賞歴だつた。彼は今、K談社の文藝誌「G」に掲載豫定の短篇「泥棒と實存」なる作物に取り掛かつてゐる。これは、もぐら國王の懐刀、枝垂哲平に取材した、その題名から察せられるように、純文學にカテゴライズされる小説だつた。
「物語の主とは、その『面』としては讀者。『點』としては作者である。」と始まるその小説、フランソワ・ヴィヨンとジャン・ジュネを例証に、泥棒ほど「實存」と云ふ言葉に馴染む職業はない、さう謳ひ上げた、テオなりの「盗人讃歌」なのである。
谷澤のやうな名の知れた作家ではない、まだ小説界のとば口に立つたばかりの私が、『斬魔屋カンテラ!!』のシリーズで、ラノベ初のYM賞を受賞してしまつたのは、ほんの文壇の氣紛れに過ぎなかつたらう。私はラノベ・ブームの機運に乘つたゞけなのだ。さう、芥川賞を目指すテオには惡かつた、と思つてゐる次第である。
【ⅱ】
で、魔界の新盟主、鰐革男、であるが、彼は【魔】の内ではインテリで通つてゐて、特に生まれ育つた韓國の言葉、カンテラを追つてやつて來た日本の言葉、に通暁してをり、讀み書きが出來る‐ その點で、大きく他の魔物たちとは異なつてゐた。
彼は、その黑光りする鰐革面をマスクで隠し(人間たちが皆マスクを掛けてゐるのは好都合であつた)、氣持ちの赴く儘に人間界を散策するのが好きだつた。今日は、谷澤景六か此井晩秋かの著書を求め、カンテラ一味の事をもつと深く知らうと、好學の血に従ひ書店に立ち寄つた。しかし、谷澤の本は皆賣り切れであり、此井の本は、店員云ふに「扱つてをりません」との事。仕方なしに、永田、と云ふ見知らぬ男が書いてゐる、カンテラ一味の「活躍」するらしい小説、を買つてお茶を濁した。
が、その一節に、〈今現在だつたら、テオがゐるから、その男の素性を洗ふ事も出來やうが、その当時、カンテラは、依頼の通り、【魔】と覺しき者は右から左、斬つて斬つて斬りまくつてゐた。まだ、鞍田文造の魔術が拔け切つてをらず、どちらかと云ふと、「殺人マシーン」に近いカンテラではあつた。〉なる文があり、思はず膝を叩いた。これだ!!
【ⅲ】
カンテラの過去を洗いざらい暴けば、彼の人望は大きく下落するだらう、との讀み、であつた。彼が、私・永田の許を訪れたのは、そのせゐである。端的に云ふと、私は鰐革に恐喝されたのである。
「お前、カンテラの過去をもつと書け。さもなくば、魔界へ連れて行つてしまふぞ」私は折角文名が上がりかけてゐる處で、鰐革に拐帯されるのは嫌だつた。だが、テオとの義兄弟の契りを無視するのは、もつと嫌だつた。
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〈嗚呼逸る心はあれど義兄弟大事にせねば文名廢る 平手みき〉
【ⅳ】
一番簡單な解決法としては、カンテラに泣きつく事が挙げられた。だが私は、YM賞の賞金は、溜まつた借金の返濟に殆ど使つてしまつてゐたし、印税は当面の生活費として取つて置かねばならなかつた。カンテラに渡す謝礼金がないのである。さて、だうする永田?
まだこの先は書ける狀態にない。何故なら、鰐革が、かう云ふ私を監視してゐるからだ。
【ⅴ】
テオの事に戻らう。「をばさん」こと砂田御由希が、当てにしてゐなかつた遺産の相續に、ほんのおこぼれ程度だが、思ひもかけず恵まれた事、前回書いた。テオは、「をばさん」に、当面暮らしていけさうなアパートの一室を探してあげて、更に色々多忙な自分の身代はりとして、ロボテオ(2號)を派遣、何かあつたら、このロボテオを僕だと思つて、何でも相談してねと云ひ置いた。安保さん、ロボット犬・タロウ製作のついでに、テオのスマホとロボテオ2號とのホットラインを造つてくれたのだ。
【ⅵ】
今回はこゝで終へるしか、取り敢へず、ないのである。テオの事、と書いて置きながら、自分の泣き言になつてしまつた。「自分の尻は自分で拭くんだ」と、尊敬する中村主水も云つてゐた。誰かこの鬱陶しい鰐革製の繩をほどいてくれ~。
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〈つばくらめ我が目眩ます赤き首 涙次〉
お仕舞ひ。(´;ω;`)泣。