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【11/24・コミカライズ連載開始!】旅人のおっさん、自由気ままなスローライフを送りたいのに世界を救った真の英雄だとバレる  作者: 天池のぞむ


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第34話 二人の昔話


「くんくん。すっごくいい匂い。あるじ、これなんのお肉なの?」

「ゴーサムの名産品でな。『グリフォンの熟成肉』っていうらしい。寒冷地ならではとでも言ったらいいのか、雪を集めた雪室(ゆきむろ)って建物の中で熟成させたものなんだと」

「ほうほう。つまり?」

「普通の肉の何倍も柔らかくて美味い」

「すばらしい」


 湖畔での夜――。


 焚き火で肉を焼いていると、メロが待ちきれないといった様子で尻尾を振り回していた。


 肉が火に(あぶ)られてジュウジュウと音を立てており、香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。


 俺は焼きあがった肉を切り分けて、多い方をメロに渡してやった。


「おいひー! お肉なのにあまーい!」

「おお、これはなかなか新鮮。そんなに味付けしてないのにめちゃくちゃ濃厚だな。それに、米が食べたくなってくる」

「こめってなーに?」


 なかなか説明するのが難しいなと思いつつ、俺はメロに米がどういうものなのかを伝えていく。


「なんか、あんまりおいしそうじゃない……」


 説明の結果、メロからはそんな言葉を頂戴することになってしまった。

 美味しいのに……。


(このルシアーナ大陸じゃ米はお目にかかれなかったけど、他の大陸に行けば見つけられるかもな? そうすればメロだってきっと興味を持ってくれるはずだ)


 俺は独り奮起して、いつかメロに米を食べさせてやろうと心に決めた。


「さて、それじゃテント行くか」

「んー」


 夕食後の穏やかな時間を過ごした後、俺は火の後始末を済ませる。


 食後ということもあってかメロが眠そうに船を漕いでいたので、抱きかかえてテントの方へと運ぶことにした。


「んふー。あるじからお肉の匂いがする」

「あー、焼肉は匂い付いちゃうからなぁ。ちょっと上着だけ洗ってこようかな」

「だめだよ、そんなもったいない」

「もったいないのか……?」


 メロがぐりぐりと頭を擦りつけてきてちょっとくすぐったい。

 そうしていると本当に子供だなと苦笑しつつ、俺はテントの中にそっとメロを横たえた。


「さて、今日は早いところ寝ちゃうか」


 メロがすうすうと寝息を立てたのを確認し、俺もテントの中で横になる。

 ゴーサムから山を下ってきて気温の変化もあったためか、すぐにまどろんでいった。


 ……。


 …………。


 ふと、目が覚める。


 テントの外も暗くて、まだ夜のようだ。


(あれ? メロがいないな……)


 隣を見ると、寝ているはずのメロがいなかった。


 トイレかなと思ったが、俺はむくりと体を起こし、テントから顔を出す。


 すると、焚き火跡の近くにメロがいて、空に浮かんだ月を眺めていた。


「どうした? 眠れないのか?」

「あ、あるじ」


 俺が近づくとメロは首だけを向けてくる。


 ゴーサムに比べればまだマシだが、さすがに夜はまだ冷える。

 スープでも用意してやるかと、俺は再度火を(おこ)し湖から水を汲んできた。


 小型の鍋を火にかけ、その中に水と調味料、夕食の燻製肉の余りを入れて少々待つ。


 やがてパチパチと火の()ぜる音が聞こえてきて、俺とメロがお揃いで着けている海の色をした腕輪が(きら)めいていた。


 まだ眠気があるのか、それとも別の原因か。

 メロは燃える火を見ながらぼーっとした表情を浮かべている。


「で、どうしたんだ? いつになく真面目な表情浮かべて」

「しっけーだよあるじ。メロだって考えごとくらいする時あるよ」

「ああ、メシのこととか?」

「むー」


 メロは膨れ面になったが、ぐーっと腹の鳴る音が聞こえてきて、俺は思い切り笑ってしまった。


 あんまりからかうと機嫌が悪くなりそうなので、俺は煮えたスープを器に移してメロに渡す。


 メロはその器を受け取ると、いつものごとくふーふーと息を吹きかけ、恐る恐る口を付けていた。


(しかし、メロとも会ってからもう5年か。色々とあったな……)


 俺もまたスープに口を付けながら昔のことに思いを馳せる。


 テントの先に広がるツタール森林の方へと目を向けると、緩やかな風が木々を揺らしていた。


 と、まだスープが熱くて飲みにくかったのか、メロが器に視線を落としたままで呟く。


「この場所なんだよね」

「ん?」

「メロとあるじが初めて出会ったの」

「ああ。そうだな」


 5年前のある日。


 魔王討伐を目指し、王都ヴァイゼルを出発した俺は、ツタール森林の外れで子供の狼を見つけた。


 その狼は怪我をしていて、俺はそれを助けたくて奔走(ほんそう)して。

 それがメロとの出会いだった。


「あるじ、あの時はほんとーにありがとね」

「ん?」

「あのケガをしてた時、すっごく痛くて、このまま死んじゃうかもなぁって思ってたんだ。でも、あるじが用意してくれた薬草のおかげでよくなって。だからあるじはメロのおんじん」

「俺はできることをやっただけだけどな。メロが無事で何よりだったよ」

「ふふ。あるじはやっぱりお人好し」


 まっすぐに感謝の言葉を告げられ、どこか照れくさくなる。


「まあ、あの時は必死だったからなぁ。それに、ツタール森林の近くだったのも幸いしたし」

「うん、覚えてる。あるじは森に入っていって、薬草を持ってきてくれた」


 俺が発見した時、メロは憔悴(しょうすい)しきった様子だった。


 だからすぐに、ツタール森林の奥地に生えているという「プナリアの薬草」の話を思い出したのだ。


 プナリアの薬草――。


 限られた場所にしか群生しないとされる、極めて希少価値の高い薬草だ。


 その効力は市場に出回っている薬草の比ではなく、だからこそ、その周辺には強力な魔物が群がっていることも多い。


 それでも、傷ついていたメロを救うにはこれしかないと思った。


「あるじが森から出てきた時、すっごくボロボロだった。きっとそれだけ大変だったんだと思う」

「まあ、な……」

「でも、あるじはメロを治した後、とても嬉しそうに笑ってくれた。メロもそれがすっごく嬉しくて、その時のあるじの顔は今でもはっきりと覚えてる」

「……」

「だから、改めてありがとねって。またちゃんと伝えたくって」


 メロが笑みを浮かべて俺に告げる。

 それはとても純粋な言葉だった。


「なあメロ」

「ん?」

「前に、この旅に付いてくるって話をした時にメロは言ってたよな。俺に恩返しがしたいって」

「うん」

「それな、もう十分恩返ししてもらってるよ」

「え?」

「確かに旅はしていて楽しいけど、やっぱり一人じゃ寂しかっただろうからな。俺は、こうしてメロが付いてきてくれて良かったと思ってる」

「……」

「だから、メロからはもう十分に色んなものをもらってるなと思ってさ」

「……ふふ。あるじがそう言ってくれるとメロも嬉しい。でも、まだまだ恩返しが足りないからね」

「ははは。そう来たか」

「これからもよろしくね、あるじ」

「ああ。こっちこそ」


 昔のことに思いを巡らせながら、俺たちは言葉を交わす。

 ちょっとだけ気恥ずかしかったけど、大切な時間だと感じられた。


 スープがちょうどいい温度になったらしく、メロはスープに口を付けてぐびぐびと飲み干す。


「あるじ、おかわり!」

「はぁ……。夜なんだからな。ほどほどにしとけよ?」


 そう言って俺はまたもう一杯スープをすくう。


 さて、明日は王都ヴァイゼルに向かう日だ。


 どんな体験や出会いが待っているだろうかと期待を抱きつつ、俺は旅の相棒にスープを手渡してやった。



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