SS 5話 元冒険者達の日常
怪我が原因で引退した冒険者達の日常です!
ビュレガンセでも指折りの農作物の収穫量を誇り、「農耕の街」として有名なグリナム。
要所要所で緑や自然を感じさせる草木や小さな花畑があって、心なしか田舎町のように空気が美味しく感じた。
実際、野菜や果物を扱う八百屋や花屋は数店あっていずれも中々大きく、出されている品物一つ一つが丹精込めて栽培されているのが見ていて伝わって来る。
言ってみれば、緑が栄える田舎町ってイメージだ。
その通りの中で、一つの八百屋があった。
「お野菜数点、合わせて2420エドルです!」
「お~。ありがとうね!余り無理はし過ぎないようにな~」
「ハイ!」
そこにはピンク色のポニーテールをした明るい印象を与えさせる女性であり、接客態度も良かったが……。
「……」
心なしか、少し痺れている左手を見ながらどこか物憂げな表情だった。
それからは平静を取り繕ってお客さんの相手をし続けていた。
「お父さん、今日の売上帳簿、全部纏めておいたよ」
「おぉ、ありがとう。店仕舞いは俺がしておくから、母さんが今頃飯を作っている頃だから行っていいぞ!明日は予定あるんだろ?」
「え?あるけど……」
日が沈む頃、女性がお父さんと呼んでいた店長らしき人物が閉店準備を買って出て取り掛かり、一人でやらせるのを躊躇している様子だった。
「これくらいまだまだ平気だ!それにお前も左腕と肩、万全じゃないだろ!」
「分かった……。ごめんね、お父さん……」
「こういう時は助け合いだぞ!……カズナ」
「……」
元Cランク冒険者であったカズナの姿だった。
彼女は直近まではティリルに拠点を構える冒険者ギルド【アテナズスピリッツ】に所属していた冒険者だった。
とあるCランクパーティーの中核のような存在だったが、携わったクエストで障害が残るほどの重体を受けてしまい、特に左腕は重量物を持つ事が難しい状態になってしまった。
冒険者時代は『中級アーチャー』として動きやすくもデザイン性を取り入れたような軽鎧に身を包み、弓を武器にクエストや冒険に励んでいたが、今では腕まくりした白のブラウスに土の色をイメージしたスカートとかなり落ち着いた格好だ。
それから母親が夕食を作ってくれたダイニングキッチンへ足を運び、後から合流した父と家族の食事をしていた。
「にしても、事情が事情とは言え、カズナが実家に帰って来て店の手伝いをしてくれるなんてな……」
「まぁ、こんな身体になっちゃったからね……」
カズナは明るく取り繕おうとしたが、その表情に憂いも混じっていた。
『職授の儀』で冒険者向けのギフトをもらった事を理由に実家が八百屋、親戚が農家を営んでいる家業を継ぐのが嫌で田舎を出たカズナだったが、冒険者を続けるのが困難な障害が残ってしまった事で、実家に戻る決断を取らざるを得なかった。
「まあまあ、あなた……。カズナ……。冒険者じゃなくなくなったからって、これから先の未来を投げてしまう必要はどこにもないの……。だから、必要以上に思い詰めないでよね……」
「お母さん……」
優しく励ますカズナの母の姿に少しの暖かさが戻った。
「良かったら、知り合いや親戚を当たってお見合いでもセッティングしようかい?」
「いや、今はいい!」
お茶目な一言で、一時だが、カズナの心にかかっていた霞のようなモヤモヤが晴れていた。
そして狭すぎず、かと言って活き活きと過ごすには広さが足りない実家のカズナの部屋でベッドに横たわり、時に左手を広げて見つめる。
それがカズナの最近のルーティン、決まり動作だ。
(これから先の未来を投げだす必要はどこにもない……か……)
そして実家に戻ってからのカズナはある人物の言葉を思い出す。
「冒険者に戻る事は叶わなくなっても、どうか人生を投げ出さないで下さい!」
かつては同じパーティーに所属し、身勝手な理由で追放するような事をしたクルスの言葉だった。
それが過ったカズナは……、ただ考え込んで寝返りを打つ以上の事をしなかった。
翌日・昼頃——————
カズナは一つの喫茶店へと入っていった。
店内を見渡すと、一つのテーブルに一人の女性が目に付き、店員に確認を取ってその場所へと歩いて行った。
「久しぶりね……」
「久しぶり……。元気にしてた?……フルカ」
「まぁ、ボチボチってところかな……?」
薄い茶色のショートヘアにツリ目であるが、白いシャツに薄い青のパンツと清潔さと活発さを備えたようなシンプルな格好をしたフルカと言う女性がいた。
彼女もまたカズナと同じくかつては冒険者であり、同郷の幼馴染である。
フルカもまた、カズナと同じパーティーに所属していたが、彼女と同じく携わったクエストで障害が残るほどの重体を受けてしまった。
その際、背中を斬られてしまった時に神経の一部を深手と共にやられてしまい、その上カズナを背負って逃げるために無理をして走った事もあって余計にダメージを重ねてしまったために、左脚に強い痺れが残ってしまい、スピードやテクニックが自慢であり要になる『軽戦士』として冒険へ出るには致命的となってしまった。
それもあって実家へと戻っていった。
今は杖を突きながらであれば、歩行可能にまで治ったものの、グリナムの中にある治療院に定期的に通う必要がある辺り、カズナよりも厳しい状況だった。
それでも、カズナとフルカは予定が合えば、定期的に会って近況を報告している。
それから二人のトークは続いて、カズナはバッグから号外を伝える新聞紙を取り出す……。
「フルカ。聞いた……?あの選考会の結果」
「選考会?確かハイレンド伯爵家のご令嬢を預かるに相応しい冒険者パーティーよね?もう知ってる」
「まさかそのご令嬢で『付与術士』のギフトを授かったエレーナ様が入ったパーティーってのが……。クルスがいる【トラストフォース】とはね……」
「「……」」
カズナとフルカは今でこそ冒険者は引退してしまったものの、街に流れる噂やそれなりに伝手のある人脈を辿って、最近の冒険者事情について把握している。
かつては同じパーティーメンバーであり、下に見ていたクルスが今では実績を積み重ね、どんどん上へ登っている噂も耳にしている。
「今更クルスにどうこうや眉唾を付けたい気持ちが一切ない前提で言いたいけど……」
「うん、何……」
カズナとフルカは示し合わせたような、どこか疑念に思うような表情をしていた。
「クルスが今置かれている状況と今の私らが置かれている状況って、これまでの行いが報いとなって現れたんじゃないかって思うのよ」
「カズナ……」
カズナが思った発言に対し、フルカは一定の理解を示した様子だ。
二人がCランクパーティーとして有名になってすぐ、気持ちが舞い上がった余りにクルスを手酷く扱うようになり、最終的には一緒になって追い出した。
しかし、後に自分達は冒険者を引退せざるを得ない大傷を負ってしまい、図らずも今に至ってしまったのだ。
「入院とリハビリの中で、アタシらがやった事を思い直して、悪かった事をその時に思い至って……」
「あの時クルスに謝った時点でもう遅いんだけど……。見捨てずに一緒にいた時の未来だって、思い通りといかなくても良い方向に行っていた可能性もあったんだよね……」
「そうよね……。一時の欲に目が眩んだ余りに、こんな風になっちゃって……」
「それを考えたら……。一番愚かだったのは……。私達だったのかもね……」
フルカは自分の身体や普段から使う杖を見て物憂げに語る。
今の二人にあるのは冒険者として成功できる未来を信じていたイマジネーションではなく、無駄に抱いた自信や慢心のせいで後悔してもしきれない今の現状を作ってしまった後悔の念とその現在の姿だった。
最終的には、描いていた未来とは余りにも程遠い道を進まなくなってしまった。
だが……。
「それまでの経験って、冒険者として頑張った時代や仲間と過ごした時間ってさ……。決して無駄ではなかったって思うのよね……」
「え……?」
「私も結局実家のアイテムショップを手伝うようになって、たまに訪れた冒険者のお客さんについアドバイスを送っちゃうのよ。時には大きなお世話って言われたり、若い冒険者からは本気で感謝されたりでさ……。」
「フルカ……」
フルカは割り切ったような、全て受け入れたような表情で言い切っていた。
フルカの実家は小さいながらも冒険者向けのアイテムショップを営んでおり、今ではその手伝いをしている。
冒険者としての活動は叶わなくなったものの、それまでの経験を活かして、駆け出しの冒険者達にお節介ながらも口を出す事もあった。
時にやっかまれたり、感謝されたりで……。
「実家の事はあってもさ……。こうしてやり直すチャンスを与えてくれたんだって思うのよね……。神様かもしれないし、クルスかもしれないし……」
「……」
カズナとフルカは入院中にクルスから言われた事があった。
「僕は……。カズナさんとフルカさんの事を赦します……。冒険者に戻る事は未来永劫叶わなくともどうか、過去の過ちに囚われないで、前に進んでください!それが僕から言える、何よりの願いです!」
クルスは酷い仕打ちをした二人を本当に赦したのだった。
その言葉がなければ、どれだけ自暴自棄になっていたか、世捨て人同然になって、どんな酷い所業を重ねてしまっていたか……。最悪、苦しさの余りに自ら命を投げ出してしまっていたのかさえ、分からなかったから……。
「クルスって……。アタシらが思っていた以上に強い男だったのね……。冒険者としても、人間としても……」
「そうね……。目に見えない強さがクルスにあって、アタシらには無かったから、今こうなってるって事なのよね……」
カズナとフルカの顔には、後悔や現実を全て受け入れたような憂いや心から反省しなければ何も変えられない決心を込めた表情が浮かんでいた。
同時に、やっとクルスを認めたような気持ちも抱いていた。
カズナとフルカは時に考えるべき話題やどうでもいいような話題を交えながら話し合っていたが、気付けば夕方になっていた……。
「クルスの事を中心とした話に出していたら、こんな時間になっちゃったわね……」
「そうね……」
「それじゃあまた今度ね!」
「うん!じゃあね!カズナ!」
カズナとフルカはその場で別れ、それぞれ後ろ合わせのまま歩いて行った。
(クルス……。私達にとって、もう手の届かない存在になっていったわね……)
(クルスと一緒にいるセリカやミレイユ、そしてトーマさんらと共に前へ前へと進んで行くのね……。そして……。新しく入ったエレーナ様と共に……)
((……))
二人の頭の中には、クルスが冒険者として更なる躍進と成長を予感させる思念を抱いたような表情が浮かんでいた。
それからしばらくして……。
「「明日も仕事頑張らなきゃ!」」
(応援するしかできないけど……)
(頑張りなさいよ!クルス!)
カズナとフルカの顔に少しずつ光が灯り始めて……。
((私達も自分の人生を懸命に生きていくから!))
冒険者としての生き方にピリオドを付け、本当の意味で新しい未来を生きようとする希望に満ちた姿を見せるのだった。
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