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第299話 水面下で動く野望

黒い野望が蠢きます!

「首尾はどうだ?」

「滞りなく進んでいるわ。そっちは?」

「問題はない。時折、ジュイネとジュレルがサボっているところを見かけては俺やアレゴラがその都度説教している」

「あの子達ったら……」


僅かに灯る明かりが岩壁に囲まれた薄暗い空間に得も知れぬ不気味さを漂わせている。

奥がほとんど見えない黒い洞窟のような空間に一人の男性と一人の女性がいる。


「よし。瘴気はばら撒き終えたわ」

「では、最後の仕上げとなる工程を終えるとしよう。アルメーラ」

「そうね。ギグロス」


ビュレガンセ王国から危険視されている組織【絶黒教団】の幹部であるギグロスとアルメーラであった。

不敵な笑みを浮かべながら二人はある空間へと入っていった。


「これがこのダンジョンで最も強いモンスターかしら?」

「そのようだな」

「グルルルルル……」


ギグロスとアルメーラが向かい合っているのはレア度Aの“ベヒーモス”と呼ばれるモンスターであり、潜り込んでいるダンジョンのボスモンスターだ。

5メートルはあろう巨体をしており、猛牛のような頭に側頭部からは二本の野太い角が生えており、全身は筋肉の鎧を着ているような身体つきをしている。

レア度Aのモンスターの中でもトップレベルのパワーとタフネスを持っており、更にはダンジョンの魔力を享受しているため、総合的な戦闘能力は凄まじい。

Aランクパーティーでなければ対処が厳しいとされている。

そんなモンスターを相手にしても二人の表情は全く崩さない。


「グゴォオオオオ!」

「ふん」


“ベヒーモス”の大砲の如き勢いで放たれたパンチがギグロスとアルメーラに降りかかる。

それによって辺りに轟音と粉塵が舞い上がった。


◇—————


「存外あっけなかったな。手を出さなくてもどうにかできたものの……」

「私の魔法があった方が確実に手中に収められるでしょう」

「グォ……ォオオ……」


結果はこれといった傷を負う事なく、“ベヒーモス”をズタズタに斬り裂いた。

“ベヒーモス”は全身を切り刻まれており、両手脚もまともに動けてこそいないが、まだ息はあった。

そんな中でアルメーラは“ベヒーモス”に首輪のような魔道具を付け、黒い魔力の瘴気を身体中に浴びせている。


「これでいい。後は全体に馴染ませれば傀儡の完成よ。これは使えそうだわ」

「違いない」


ギグロスとアルメーラは醜悪な笑みを浮かべている。


「こっちはほぼ終わったぞ」

「アレゴラ」


声を掛けてきたのは同じく【絶黒教団】の幹部の一角を担うアレゴラであった。


「そっちも終わっているようだな。こっちも片付いたぜ」

「そうか。ジュイネとジュレルはしっかりやっていたか?」

「ああ。目を光らせていたら随分と真面目に働いていたぞ」

「ならばいい。こっちも時間の問題だからな」


ギグロスは既に仮死状態となっている“ベヒーモス”に目線を送りながらそう言った。


「時間を食ってしまったが、いよいよだな」

「ええ。このダンジョンを見つけてから周囲に悟られないように隠し、モンスター達に黒い魔力を施し、戦力も整えてきた。機は熟されたわ」

「あのお方の大望が成就される日も近い。思わず笑みが零れそうだ」


ギグロスはアルメーラやアレゴラと共に口角を上げながら楽しみにするような様相をそれぞれ浮かべている。


「ところで、ミザリーとアルーナの方はどうなんだ?」

「先ほど使いから連絡があったけど、ほとんど準備を終えたらしいわ」

「そうか。これから大きな作戦に打って出るには外堀を埋めておく必要があるからな。そのために拠点としていた小島を捨てたのだから……」


◇—————


その頃、【絶黒教団】の作戦の一つが水面下で動いていた。


「あ~あ。まだ来ないのかな~?」

「そう言わずに待ってなさい。それに、今いるこの島だって、拠点の一つでもあったのと同時にあの作戦のために使うのよ。ギグロス達の計画の一助を担うためにね」

「分かってるよ~」


とある島の屋敷のような建物のすぐ近くにある海岸で退屈そうに海を眺めているのは【絶黒教団】の幹部の一人であるアルーナであり、気を引き締めるように促しているのは同じく幹部であるミザリーだ。


()()()()来るかな~?」

「来るわよ。何のために黒い魔力で魔改造を施した人間やゴーレムの改造手術を施したモンスターを用意したと思ってるの?」

「それは……あいつらを隔離するためでしょ?」

「そうよ。私とアルーナの役目はギグロス達が行おうとする作戦を効率良くさせるための一手であり、相手の戦力の分散及び消耗が目的なのよ。そこを忘れないで」

「分かってるよ~。だって~。今回の作戦でビュレガンセを【絶黒教団】の手中に収める大イベントになるんでしょ?」


会話の熱量そのものはどこにでもいる友人同士の何気ない世間話であるが、内容は過激極まりない物だった。


「私らはあの方の大願を成就するために生きてきたのよ。今更もう……なんて思っちゃいないでしょうね?アルーナ……」

「当然よ。こんなふざけた世界……壊れちゃえばいいし、【絶黒教団】が願う世界に作り替えられるんだったら、安い代償よね!」

「分かっているじゃない」

「もちろん!」


目に見える態度に差はあれど、内に秘めた志は同じであった。


◇—————


「遂に……時が来たのね。この日をどれだけ待ち望んでいた事か……」


人気のない丘の上に漆黒の長い髪を風になびかせ、腹を掴ませんばかりな雰囲気と漆のように黒い煽情的なドレスを纏った美しい女性が佇んでいた。

しかし、一つの絵画にもなりそうな美貌を持ちながら、燦燦と照らす太陽さえも飲み込まんばかりの気配を放っている。

映る遥か遠くまで広がる海を見据えながら呟いた。


「ギーバがいなくなってしまったのは残念だけど、私の野望は変わらない。私がビュレガンセをこの手に収め、何もかもを破壊して理想の世界を作り上げる。そのための犠牲も苦労も厭わないわ」


【絶黒教団】のトップ、バスディナ・ドゥルーズは自分が世界の支配者にならんばかりの壮大な野心を露わにするのだった。


「こんな世界……間違っているのだから……」


その緋色に染まった瞳には野心に満ちつつも、怒りと憂い、悲しみと憎しみが入り混じっているようだった。

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