第265話 とある囚人
今回は一人の囚人のお話です!
遡る事、半年前—————————
ビュレガンセ王国の王都ファランテスの近くには高くそびえ立つ数ヶ所の岩山がある。
その中でも標高は最も低いが面積は広い一つの山があり、山にしては人の手で造られただろう設備や魔道具が要所で散見される。
加えて、全体的に薄暗く陰鬱な雰囲気がこれでもかと漏れている洞窟のような場所も複数確認できる。
その場所は……。
「おら!遅れてるぞ!ちんたらしてねえでキビキビ動けや!」
「うぅう……」
「ほらほらサボってると今日の飯は抜きだぜ。いいのかな~?」
「そ、それだけは……」
「はぁ……はぁ……」
「遅いぞ!そんな麻袋一つ運ぶのにどんだけ手間取ってんだよ!?」
「テメエら囚人奴隷は釈放されるまでは人間扱いされねえと思いやがれよ!ヒャハハハハハ!」
そう、ビュレガンセと言う国で犯罪を起こした人物を囚人奴隷として働かせている鉱山だ。
囚人奴隷とは、悪質な所業を犯した者に与える重大なペナルティにして手痛いレッテル貼りをされた者達であり、囚人と言う言葉の通り、鉱山や農村などへ一定期間赴き、鉱山夫や農夫として刑務作業をやらされる。
窃盗やちょっとした怪我を負わせる等の軽い内容ならば一年以内、早くとも一カ月で出られる一方、筆舌し難い悪質な嫌がらせ、強盗や違法とされるアイテムの使用、果てには殺人等の重罪を犯せば数年単位に及ぶ。
囚人奴隷として働かされる者は食事と睡眠以外のほとんどが仕事に充てられ、中には罪を犯した冒険者や犯罪で生計を立ててきたならず者、あくどい所業を犯した権力者から一般人まで様々だ。
冒険者が囚人奴隷になってしまうと、冒険者資格は強制的に剥奪されてしまい、一定期間の刑務作業を終えて解放されるまでは自由が全く効かなくなる。
解放後は冒険者ギルドに再登録して冒険者に復帰する事そのものは不可能ではないものの、犯罪を起こした冒険者に前科が付いた情報がビュレガンセ冒険者ギルド連盟本部へ流れてきてしまうため、その信用と信頼が地に落ちている状態からFランクとして再活動する事になる。
犯罪歴があると、Fランククエストさえ受ける事も難しくなり、過去を辿っても、冒険者として再起や生計を立てるくらいまで持ち直せるのはごく僅かな人数であるため、囚人奴隷になってしまえば、人生を棒に振ったも同然の状況を意味している。
「飯の時間だぞ~!」
「うぅ……。これだけ……」
「なぁ、せめてもう一つくらい……」
「あぁ!?」
「い、いえ、何でも……」
囚人奴隷の食事は乾パンと質が悪いジャーキー、味気の薄いスープとコップ一杯の水と非常に質素であり、量も満腹どころか腹八分目まであるかどうかもあやふやだ。
岩壁に区切られた部屋の中には囚人5~6人は入れるスペースであるものの、安物の簡易ベッドと保温機能が保証されているかも怪しい毛布が置かれ、設備も壊れかけの洗面所くらいしかなく、生活環境も劣悪だ。
刑務作業の時には看守官らの厳しい監視の下で重労働をやらされ、老若男女問わず作業に遅れやミスがあれば容赦のない暴言や暴力、時には特定の人物がどこかに連れていかれてはボロボロにされて返されると言う凄惨な仕打ちを受けた物が連日出るのも珍しくない。
男性ならば気に入らない相手を徹底的に甚振り、若い女性や年端もいかない子供は奇怪な趣味を持つ者の手によって慰み者にされる等、枚挙に暇がない。
犯罪者にとっては地獄のような場所と表現したとしても言い過ぎではないだろう。
そんなある時だった。
「今日からここがお前の住む部屋だ!」
「そ、そいつは……?」
既に4人の男性囚人がおり、並みの人間ならば今すぐにでも離れたいような部屋に一人の看守と一人の男性が入って来た。
「新入りだ」
「よ、よろしくお願いします」
囚人服に身を包んだ黒髪の男性は成人しているように見えるが、どことなく幼い印象を与えさせる。
優男と言えば聞こえはいいが、かつては犯罪をしでかしたならず者達から見れば、舐められても文句は言えないかもしれないほどにだ。
「そいつ何したんだよ?」
「何でも、弾みで人を殺したとかだってよ。まあ、仲良くしてやれよ」
「……」
看守は大雑把な答えを告げると、部屋から出て行った。
それから数刻して……。
「新入り。ここじゃお前が一番の下っ端だからな。看守の言う通り、仲良くやろうぜ」
「おいおい。随分と嬉しそうだな」
「当然だろ?俺達もいくらか楽できるからよ!」
「お前だけの間違いじゃねえの?」
「実はそうだったりしてな」
「「「「ギャハハハハハハハ!」」」」
「……」
新しく入って来た囚人より一つ上だろう年上の囚人は馴れ馴れしそうに肩を回しているが、下卑たような表情を顔に張り付けており、周囲も同調しながら嘲り笑っている。
しかし、新入りの囚人は無表情と無言を貫いていた。
それから囚人達の作業が始まった。
監視の目を掻い潜るのが困難だろう数十人の看守が厳しい目で囚人達を見張り、淡々とスコップやツルハシで穴や壁を掘り、瓦礫をリアカーに積んで外に出し、物資が入っているだろう重量感のある麻袋を運び込んでいく。
寝ている時と食事の時以外はそれの繰り返し、余りにも淡泊な一日だ。
新しく入った囚人は軟そうな体躯に見えて、数時間ぶっ通しで働いているのに息を切らす様子が無く、働き者の印象を与えさせている。
しかし……。
「新入り。俺らの服も洗っとけよ。後、トイレ掃除もな!」
「それが俺達と一緒の部屋に住む新入りの仕事だからよ!」
「やけに嬉しそうだなお前」
「だってよ~。雑用係が新しくできたんだぜ!嬉しくもなるさ。俺もちょっとは手伝ってるけどな!」
「やってる事と言えば何だっけ?」
「忘れちまったよ!」
「「「「ギャハハハハハハハ!」」」」
「……」
新しく入った囚人は早速目を付けられており、雑用をこれでもかとやらされていた。
それだけで済むならばともかくだが、ある時はストレス発散のために小突かれて、またある時はなけなしの食事も取られて、そのまたある時は仕事のミスを押し付けられ、押し込まれた部屋の中でヒエラルキーのようなモノがたちまち形成されていった。
閉鎖的な空間ほど階級やマウントのような要素が作られやすいモノだ。
だが……。
「これもやっとけよ!」
「……」
「チッ!つまんねえな」
新入りの囚人は全く変わらなかった。
どれだけ酷い扱いをされても、涙を流す事も、苦悶の表情で顔を歪ませる事もなく、淡々と作業や雑用をこなしていった。
何をしても悪くなる様子を見せない新入りの囚人の姿を見て、いびっていた先輩の囚人達の嫌がらせは日が経つにつれて収まりを見せ始めるようになった。
「よし、作業は終わりだ!夜休憩の時間だ!」
「ふう、やっと今日の仕事が終わったよ……」
看守長らしき男性の一声で一日の作業が終わった。
どうやら後は夕飯を食べて寝るだけのようだ。
「にしても数ヶ月前に入ったあの優男みたいな囚人、物の見事に淡々と作業してるよな?」
「ああ。顔の痣とかを見ても、部屋の中でも小突かれてる筈なのに全く表情が変わらない。ポーカーフェイスを通り越して不気味さを覚えるぜ……」
二人の看守が新しく入った新入りの囚人を見て陰でこそッと感想を漏らしている。
実際、大半の囚人がへとへとになっている中、新入りの囚人は何事もなかったかのように歩いており、支給された食事を持っていった。
気付けば、同室の囚人達も距離を取っており、何かをしてくる事も無くなっている。
部屋の中でも雑用を押し付けられる事は続いているが、それ以上の嫌がらせもしてこなくなっており、ほんの少し平和な状況とも言えなくもない。
そんなある時だった。
「失礼」
「何すか?」
「そこのお前、ちょっと出ろ」
「……」
突然、看守の一人が新入りの囚人を呼んだ。
他の看守と比べればそれなりに良い装備に身を包んでいる事から、看守達を纏めるポジションをになっている。
誘われるがままに、とある部屋へと案内された。
「今日からこの部屋使っていいぞ」
「……」
それは最初に押し込まれた部屋よりも半分程度の広さだが、その分いくらか清潔になっており、普通の柔らかさと弾力のあるベッドも置かれている。
簡素な作りのシャワーやトイレが別々に設置されており、贅沢からは程遠いものの、最初に放り込まれた共同部屋よりも遥かにマシである。
「看守長がお前を模範囚と見做したからな。刑期もいくらか縮むようだ。良かったな。他の奴よりも重労働の比率も下がるし、ある程度の自由が効けて……」
「はい……」
「もうすぐ作業の時間だ。朝飯も運ぶからしっかり食べとけよ」
「はい……」
そう言って看守はその場を去った。
そして、新入りの囚人はその場を立ち尽くすと……。
「ええ。本当に良かったよ。ここに来る事ができて……」
これまで無機質で無表情しか見せなかった新入りの囚人の顔には……。良からぬ企みを抱いているであろう歪な笑みを浮かべていた。
それは連れて来た看守の一人も同様だった。
そして、多くの囚人奴隷を抱える鉱山が地獄絵図。いや、本当の地獄に変わるカウントダウンが今……始まるのだった。
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