第162話【ジゲラ視点】膨れ上がったエゴ(後編)
【ティア―オブテティス】に所属するBランク冒険者のジゲラ視点の話です。
ジゲラの価値観が形成されたきっかけが描かれます。
「母さん、母さん!」
「ジゲラ……。ごめんなさい、ちょっと眩暈を起こしちゃった」
「大丈夫?怪我はない?」
「大丈夫よ」
ある日、母さんが倒れてしまった。
俺がその身体を起こそうとすると、まだ子供だった俺でも簡単に起こす事ができた。
母さんは困窮による栄養失調のせいで体重が軽くなってしまい、加えて父さんとの仲の険悪化から来るストレスも相まって、身体にも異常を抱えてしまっていたのだ。
「お前!お前!」
「父さん!」
店の奥から父さんが出てきた。
倒れた母さんの姿を見て、堪らずに駆け付けた。
険悪な雰囲気が続いていたけど、母の、妻への愛情が残っている事にはホッとした。
しかし、最悪な状況は止まらなかった。
「え?治療にこんなにお金がかかるのですか?」
「はい。奥さんの片方の肺には小さな穴が開いており、胃潰瘍も見られます。その全てを治療するとなれば、その金額になりますが……」
医師の見立てによると、母さんの身体は相当マズイ状況だった。
既に家族全員分が明日を生きるためのお金しか持ってない俺達にとって、母の病を完治させるには、治療費が圧倒的に足りなかった。
俺は父さんに対し、皆にお金を借りてでも母を治そうと進言し、実行に移した。
父さんとて何人もの知人に100万エドル以上は貸しているため、状況を知ったらきっと協力してくれると信じていた。
しかし……。
「すいませんね。ウチも人に金を貸す余裕が無いんですよ!」
「ごめんなさい。俺達もカツカツなんで……」
「そんな。去年10万エドルを貸して、必ず返すって約束したじゃないか?あんたは15万エドルで……」
「それは俺達に余裕が出来たら返済するって意味で言ったんすよ」
「お金を貸してくれた事には感謝してますけど、今はちょっとな~」
「はぁ?」
「奥さん大変かもしれないですけど、まぁ、他を当たって下さい」
父さんからお金を借りた人達の反応は冷淡で無情だった。
金銭面でお世話になった知人も多いはずなのに、誰も手を差し伸べなかった。
俺も父さんも方々を当たったものの、お金を貸してくれる者は誰一人として現れなかった。
遂には店を畳んで家屋を売ると言う最終手段でお金を工面しようとしたが、築何十年もする古い物件だったため、はした金くらいにしかならなかった。
そして……。
「ご臨終です」
「母さん、母さーーーーん!」
結局、満足な治療も出来ないまま、母さんは死んでしまった。
俺は母さんの遺体にしがみつきながら泣いた。
父さんも泣いていた。
だが、俺はそんな父を見ても一緒に悲しむ事が出来なかった。
「何で……父さんが泣いてるんだよ……?」
「ジゲラ?」
俺はボロボロと泣きながら父さんを睨みつけていた。
その父さんも何故怒っているのかが分からないような表情をしていたが、それを見た俺は一層の怒りが込み上げた。
「元はと言えば父さんが全部悪いんだろ!自分達だって余裕が無いの分かり切ってる癖に、ホイホイと知人にお金を貸し続けて、それでも1エドルだって帰って来なかった!この時点で気付けよ!自分はいいように利用されただけなんだって!」
「ジゲラ、それは」
気付けば俺は父さんに飛び掛かり、馬乗りになってその顔を殴り続けた。
続けて俺の腹の中で溜まっていた負の感情を爆発させる呪詛の言葉を吐いた。
「何が人と人との繋がりは時としてお金より大事だ?何が困った時には手を差し伸べるだ?そんな身の丈にも合わない下らない考えのせいで母さんが死んだんだろ?全部お前のせいじゃねぇか?」
「!?」
「君、止めなさい!」
「落ち着きなさい!」
俺は医者や看護師に止められても、父さんへの罵詈雑言が止まなかった。
優しさや善意に付け込まれたせいで、貧しくなった挙句に母さんを失うなんて、悲しくて、惨めでしょうがなかった。
(無償の施しなんて……。結局意味がないんだよ)
俺はそんな父を見限り、父から離れていった。
格安の宿を主な拠点にしていたが、夜に寝静まったところで、僅かな食料と父さんが持っているお金を全て持ち去った。
母さんを失った後でも、再び利用されては窮地に陥るようなトラブルなんてまっぴらごめんだった。
しかし、当時13歳だった俺が一人で生きていくのは困難を極め、希望を求めるかのように、俺が住んでいた町から近かったウェシロスへと辿り着いた。
15歳になれば『職授の儀』を近くの教会で受けられる事を知っており、何とか2年間やり過ごそうとするのに必死だった。
使われていない小さな倉庫や廃屋を転々としながら、ゴミ漁りにスリ等、明日食う飯のためならば何でもした。
道行くお爺さんやお婆さんを助けては恩を売って、上手い言い訳を並べてはお金や食べ物を恵んでもらうような、端から見れば図々しい事も何回もした。
俺は生きたい、生きて成り上がって見せる事だけを思いながら……
そうして2年間を過ごし、15歳になった俺は『職授の儀』を教会で受け、『軽戦士』と言うギフトを授かった。
冒険者に向いたギフトを得られた俺は心から喜んだ。
(絶対に成り上がってやる!)
そうして俺はウェシロスを拠点にしている冒険者ギルド【ティア―オブテティス】にて冒険者登録を行い、早速活動を開始した。
クエストをこなしながら、鍛錬も重ね、俺はEランクになった。
その時に仲間となるマーカスと出会い、後に続く形でイミニとアコナを仲間に引き入れ、【スターレック】を結成した。
それから約10年をかけて、Dランク、Cランク、そしてBランクまで駆け上がった。
その中でヴェヌトイル商会の会長の義理とは言え、その息子であるマーカスを経て、現会長であるゲルグオ様とも繋がりを持てた。
ウェシロスを中心にいくつもの町を収めているクジャール伯爵家やその派閥貴族とも関りが持てた。
「俺の力をギルドに、いや、国中に……。いや、世界中に轟かしてやる!誰にも俺に舐めた態度は取らせねえくらいの存在になってやる!」
俺は改めて、成り上がっていく気概と野心を抱くのだった。
回想終了———————
□■□■□■□■□■□■□■□■□
「この強力極まりない魔道具の数々と俺の実力が合わされば、Aランク冒険者も夢じゃねぇ。Aランクパーティー【ヴァルキリアス】だって目じゃねぇ力を手に入れて、最高の頂きに俺が立つ!」
俺は自分の中にある大望が現実になろうとするその第一歩を踏み込めた高揚感の中にいた。
そんな時……。
「ジゲラ~。マーカスに呼ばれて来たわよ~」
「おう、来たか!」
ノックの音が聞こえて扉を開けると、イミニとアコナの両名がいた。
俺がマーカスに二人を呼ぶようにけしかけたのだ。
「聞いて喜べ。お前たちのパワーアップアイテム、手に入れたぞ!」
「え?本当に?」
「見せて見せて!」
「そう急かすな。ちょっと待ってろ」
楽しみそうな様子のイミニとアコナを窘め、俺は例の魔道具を手に取った。
「これだよ!」
「「オオーー!」」
「魔法をメインとする二人のために用意したんだ。パワーアップ用のアイテムと思って、これからはこれを付けるといい」
俺が差し出したのは、濃い紫を基調にした独特の模様が刻まれた指輪とネックレス型の魔道具だ。
「ありがとう。でも、これ……」
「何か、カッコイイと言うよりも、妖しいみたいな気が……」
「まあまあ、そう言うなって」
(チッ、マーカスにもデザインについて注文つけときゃよかったぜ!)
イミニとアコナは手に取ると思い思いの感想を述べており、デザインについては少し残念な表情をしていたようだが、概ね反応は良好だ。
「そうだ!良い報せがある!今度、クジャール伯爵家のポドルゾ様が仲の良い近隣の貴族を交えたパーティーが開かれ、ヴェヌトイル商会の会長であるゲルグオ様とそのご子息が参加されるんだ。俺達に護衛を是非にって」
「え?本当なの?」
「凄いじゃない!でも、いいのかな?今ギルドが大変なのに……」
「ヒルダさんや周囲の連中には上手く伝えておくよ!楽しみにしとけよ!」
「「分かった!」」
次の予定を伝えると、二人は自分の部屋へと戻って行った。
運が向いてきたぞ……。
最後までお読みいただきありがとうございます。
評価はページの下にある【☆☆☆☆☆】をタップして頂ければ幸いです。
『面白かった』『続きが読みたい』と思っていただけましたら、下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします!
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、コメントやレビューを頂ければ幸いです。
面白いエピソードを投稿できるように頑張っていきます!




