第161話 【ジゲラ視点】膨れ上がったエゴ(前編)
【ティア―オブテティス】に所属するBランク冒険者のジゲラ視点の話です。
ジゲラの過去を前編と後編に分けて投稿します。
「待ちわびたぜ……。この魔道具があれば、俺はAランクの冒険者になれる……」
俺は同じパーティーメンバーであるマーカスと彼の義父であるヴェヌトイル商会の会長であるゲルグオ様とのコネにより、目的の強力な魔道具を手に入れる事ができて興奮を収められないでいた。
俺は自分の部屋で一人、喜びと優越感に浸っていた。
(俺は仲間も貴族も、何だって利用し抜いて、のし上がってやる……。もう二度と、あんな惨めな思いは……)
俺は自分の椅子に腰かけると、喜びと同時にふと去来する記憶が蘇ってきた。
のし上がっていく野心を抱くようになったきっかけを得てしまった、あの忌まわしい思い出を……。
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回想・ジゲラ幼少期~現在まで———————
俺はウェシロスからほど近い町で生を受けた。
両親は八百屋を営んでいた。
当時住んでいた町は中小規模ながら、物資はそこそこに恵まれており、自然も豊かさが残る居心地の良い場所だった。
クエストのために冒険者達が来る事も珍しくなく、数日拠点にしている冒険者から冒険に関するお話を沢山してくれた。
だから冒険者に憧れる気持ちを抱くのは自然な事だった。
実力次第では下手な貴族よりも大金持ちになれたり、おとぎ話に出てくるような勇者に負けないくらいの英雄になれると言うロマンも聞いたからだ。
商売もそれなりに上手くいっていて、両親と仲良く暮らしていた。
だが、そんな日常は少しずつ、確実に崩壊していった。
一人でに自分の考え方が出来上がろうとする10歳の頃のある出来事がきっかけだった。
「えぇっと、全部で3200エドルです!」
「3200……ってあら?しまった。200エドル足りないや……」
「え~、ママの野菜炒めとか食べられないの……?」
ある日俺は両親が営む八百屋さんに一人の子連れの母親と接客している中、彼女が困っている様子を見かけた。
すると父は……。
「じゃあ、3000エドルにまけてやるよ!」
「え?よろしいのでしょうか?」
「あなた?」
「お子さんに美味しいご飯作るんすよね?その笑顔を台無しにしたかねぇんで!」
「本当にありがとうございます!」
「やったー!」
何と父が僅かにだが、お金をまけたのだ。
母によると、今までまける事は時々あるとの事であり、父はどうやら困った状況を見かねてサービスしたと話した。
営業終わりとなった頃合いを見て、俺は父にお金をまけるような行為をしたのかと問うた。
すると父は……。
「父さん、さっきの子供を連れたお母さんにお金をまけてたよね?」
「ん?あぁ、さっきの200エドルおまけした……」
「でも、商売だったら安易に値引きしたら、入って来るお金が減っちゃうよ……」
すると父が俺の下に歩み寄り、同じ目線になるように腰を落とした。
「いいかいジゲラ。人と人との繋がりはな、時としてお金よりも大事なモノなんだ。何を伝えたいかと言えば、困っている人や心から助けを求めている人には手を差し伸べなさい。いつか巡り巡って、自分のためになるから……」
「うん……」
父は家族を大切にしていたが、同時にかなりのお人好しでもあった。
誰かのために行動をすれば、その恩義を何かしらの形でいつか返してくれると、当時はまだ子供ながらも、少しだけ理解できた。
俺は日々の生活の中、お金に余力が無かった人を始めとするお客さんを見ては値段をまける、ご厚意で売れ残りそうな野菜や果物を無償で譲る場面を見かける事も増えていった。
父の心優しく懐が深い人物である事を俺は素晴らしく思い、尊敬していた。
貧しさの余りに苦しむ人への無償の施しが素晴らしい事であるとこの時は思っていた。
しかし、その精神が過ちであり、愚かである事に気づき始めたのは、俺が12歳になってからだった。
「カラストさん、腐りかけでも構わないから、野菜や果物とか恵んで下さいませんかね……?ちょっと今、家計がカツカツなんで……」
「あぁ、そのくらいならば構わないよ……」
「ありがとうございます!いつかお礼はしますんで……」
「すみません、10万エドルくらいでいいんで、お金を貸してくれませんかね?事が解決したら、利息込みで返しますんで!」
「そうか、これでどうにかしなさい……」
「ありがとうございます。このお礼はいつか……」
「あなた!親しい知り合いにお金を貸すのは良いにしても、私達の家計の事も考えて……」
「でも、困っているなら……」
「それで私達の生活まで破綻したら本末転倒でしょ!」
父の知り合いの町の人達から商品の割引や金の貸し借りの頻度は目に見えて増えていった。
だが、父はそれを止める事や助けを求められた人を拒む事もしなかった。
父がそれに応じ続けている内に、俺達の家計もそれに比例するかのように余裕を失っていった。
今までは父の奉仕する気持ちが素晴らしい事だと信じて我慢していたが、ハッキリ言ってこの当時には人助けをしていられる余裕がないくらいに金銭面は厳しかった。
俺自身、それが正解ではないと、自己犠牲の精神を持ち続ければ必ず報われる保証はどこにもない事をハッキリと理解できていた。
「カラストさん!ちょっとお金についてだな……」
「どうか頼みますよ……」
「この通りだ!絶対返すから!」
父は頼りにされたらどんな話も聞いては力になろうと奔走した。
だが、そんな父を見続けた母の我慢やメンタルは当に限界寸前だった。
「あなた!お願いだからむやみやたらに知り合いにお金を貸すのはもう止めて!」
「え?でも、助け合うのは当たり前で……」
「ウチだってもう、誰かにお金を貸す余裕はないのよ!困っているなら手を差し伸べようとする気持ちは間違いだと決して思わないけど、それは自分に余裕があっての条件や話でしょ!一体どれだけお客さんにおまけや商品を無償で譲る事をしたと思ってるの?知人にどれくらいの金額を貸していると思っているの?私が把握している限りでも100万エドルくらいはいっているわよ!しかも皆、難癖付けては返済を引き延ばしているのよ!」
「それは……」
「もう誰かにお金を貸すのは止めて!ジゲラのためにも!」
「……」
母さんは父さんに初めて激怒した。
両親が喧嘩しているところを見た事はあっても、翌日になったら仲直りしていた。
しかし、お金を貸すのを辞めさせようとする母さんの怒った表情は“オーガ”のように恐ろしかった。
後にまた知人からお金をせびられた時、母さんは毅然とした態度で断った。
自分達にはもう余力が無い事や借りたままのお金を先に返済するのが筋だと釘を刺したうえでだった。
「お父さん、お母さん、お野菜とか随分と売れ残っちゃってるね……」
「うん……。ごめんね、ジゲラ」
「俺はいいよ。父さんとは……?」
「しばらく、話してないわね」
「そう……」
「……」
両親の仲はかなり険悪になってしまった。
その状況を反映させているかのように、順調だった商売にも陰りが見え始め、度々買ってくれていたお客さんも遠のいてしまい、次第に困窮してしまう。
母が父に怒鳴ってからは自らお金の管理とやり繰りをしていたが、結局良い方向に傾く事は無かった。
「聞いた。カラストさんのところ……」
「あの親切なところが良かったのに、急にケチになったわよね~」
「店主の奥さんがあんなにケチだったなんて……。冷たい人だわ!」
(冷たい?違うだろ?父さんが善意でやっているところに皆が漬け込んできたからだろ?父さんがいいように利用された結果じゃないか)
俺が住んでいた町は規模としては小さいため、噂が広がるのも早かった。
それから両親は町の人達から白い眼で見られるようになってしまい、完全に肩身の狭い状況に置かれてしまった。
結局、倒産にお金を無心してきた知人からの返済は1エドルもされなかった。
山に向かって山菜を採り、腐りかけのパンで飢えを凌ぎながらその日々を過ごすようになっていったある日……。
「キャー!」
「!?」
道端で女性の悲鳴が響き、俺は窓の外から見えた光景を見て絶句し、外に出た。
そこにあったのは……。
「母さん!」
俺の母親であった。
そして、非情な現実に直面してしまう事を、この時の俺は知る由も無かった。
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