雨に濡れる男
ヨッシーのショートshort「雨に濡れる男」
雨が降る、
塵が雨に打たれ、川へと流れて行く。
濁った水は、人間の心を現しているかのように黒く澱んだ色に変わる。
薄暗い灰色の空は、汚れた街を雨という罰で降り注ぐ、降り注ぐ、
彼と出会ったのは、
そんな、冷たい雨の降りしきる肌寒い日だった…
私は、一際落ち着かない気持ちを抑えるために、河川敷へと出かけた。
土手には、寂れたベンチが一つある。
そこに、男が一人腰掛けていた。
「可哀想に、」
私は不憫と思い、男に傘をかけてやった。
「ありがとうございます」
男は、ゆっくりと頭を上げた。
「寒くはないのですか?」
「いいえ、寒くはありません」
よく見ると、
その男の身体は濡れてなかった。
どうしたんだ、目の錯覚か?
私が戸惑っていると、
「濡れないんですよ、私は」
と、男は言った。
「アルティメットポリメイド」
「100パーセント、撥水機能です」
本当に、
彼の身体は濡れるどころかカラカラに乾いていた。
何が起きたんだ、この男の回りだけ雨が降らないのか?
私は理解することができなかった。
すると男は、
「ここの自然は美しい…」
と、呟いた。
「この川がかい?」
「そうです、まだ硫酸も含んでいないし放射性物質も入っていない」
「君たちは幸せだ…」
「何を言っているんだ、君は!」
私は怒鳴った。
「…私は、あなたたちを滅ぼすために未来からやって来たのです」
「何だって、」
「からかってはいけないよ。誰が、そんな話を信じるかい?」
「本当です」
男は、静かにシャツの胸を肌けた。
そこには、見たことのない金属の刻印が刻まれていた。
本当だ、本当に人間じゃないんだ。
「もうすぐ、私の母船が来ます。地球を汚した人間を滅ぼすために」
「人間は、取り返しのつかないことをした。過去からやり直さなければ、間に合わないのです」
「そんなに未来は、酷いのかい?」
「はい、私のような機械の身体でさえ普通に生活することは難しい」
「地球を汚す前に人間を滅ぼす。それが、Matherが判断した結論です」
「他に方法はないのか?」
「ありません」
ピピピピッ、
「時間だ。あと少しで母船が到着します。そして、人間は死ぬ」
「そんな、」
「しかし……君はいい人だ。君だけは助けてあげたい」
「母船に乗れば、君だけは助かる」
「私だけ…」
ギギューーン、
激しい閃光と共に、男は分子崩壊した。
私は、隠し持っていた銃で男の胸を撃ったのだ。
成功だ、
10年も前から、この時を待っていた。
この時代にやって来て、男が現れるのをずっと待っていた。
私は、お前たちに滅ぼされる前の時代からやって来た人間だ。これで、母船も時間軸の座標を失うだろう。
人類は助かった、私は使命を果たした。
塵となった男の亡骸が雨に打たれ、川へと流れていく。
そして濁流と混ざり合い、人間の心を現しているかのように黒く澱んだ色に変わる。
薄暗い灰色の空は、
汚れた街を、雨という罰で降り注ぐ…降り注ぐ。
「人間は、まだ….やり直せるのか?」
雨は降り続く。
その後ろ、
さっきと同じ男が立っていた。
その身体は、
雨に濡れていた……




