第1章 1-3
祖父母に母の事を訪ねる事はできても、父の事を聞こうものなら、間違いなく二人ともすごい剣幕で怒り出す。いつしか、家の中で父親のことは絶対に触れてはいけないこととなった。
「あんな奴は、父親なんかじゃなか…。瀬奈と刹那ば捨てて蒸発したんだぞ! ろくでもなか奴が瀬奈ばそそのかして、駆け落ちして、都合が悪くなったら、見捨てて行ったたい…。あんなのは鬼畜ばい! 刹那、お願いだけん、あいつの事は二度と口にせんでくれ…」
あれは中学一年の頃だったか…。刹那の中では何となく、祖父母が本当の父母でない事は分かっていた。そこで祖父母から本当の話があり、その流れで父の事を聞いた時のことだ。刹那はただ知りたかっただけなのに…。今思えば、二人には悪い事をしてしまったと思うが、中一の頃にそこまで気が回るはずもない。
それでも、幼いなりに祖父母には気を遣ってきたつもりだ。もし、本当の父母が何もなく順風満々であったなら、刹那は何も気兼ねせず、のびのびと生きてこられたかもしれない。祖父母に悪いと思いながらも、この家は刹那にとって居心地が良いとは言えなかった。いや、居場所がなかったと言った方が的確かもしれない。
東京へ行くまで、まだ一ヶ月近くある。それまでに、どうにかして母の日記を探し当てて、ぜひとも母の日記を一読したいものだ。十八歳にもなって、実の父母の事を何も知らないまま生きていることに刹那は強い憤りすら感じている。
大人はみんなそうだ。子どもだから何も知らないと思って、自分にとって都合のいい事しか言わない。子どもなりに、ある程度なら嘘か本当か分かる。都合のいい発言なのか、相手を思いやっての発言なのか…ある程度なら分かる。
大人になって、子どもの時の事を忘れてしまうから、大人達は子どもに対して平気で嘘をつくし、平気で都合のいい事を言っては子どもを操ろうとする。もう、その手には乗らないぞ!
誰も本当のことを教えてくれないなら、自分で調べるしかない。それに十八歳ならもう子どもではない。大人と同じように選挙で投票できる年齢だ。少し背伸びすれば、もう大人と変わらない。東京に行くまでに必ず調べてみせる!