第1章 1-1
「刹那、大学合格おめでとう!」
「おばあちゃん、ありがとう!」
「本当、今日までよく頑張ったね〜」
「おじいちゃんも、ありがとう!」
そう言って、瀬口刹那は祖父母に感謝の言葉を述べる。まだ、物心つく前に父は蒸発した。母はどうすることもできずに餓死した。もし、刹那が産まれていなかったら、母一人でどうにか生きていけただろう。そう思うとやりきれない。
母の死後、母方の祖父母が引き取って、大切に育ててくれたおかげで、刹那は某国立大学へ進学できるまでに成長した。もし、祖父母がいなかったら、刹那はどうなっていたのだろうか…。
そんな経緯もあり、祖父母は父に対して強い憎しみを持っている。刹那の前ではさすがにあらわにはしないが、
「あの男さえ…現れなかったら、瀬奈は死なずにすんだのに…」
「法律が許してくれるなら、殺してやりたい!」
などと数えきれないぐらい、二人が話しているのを刹那は見て来た。そのため、刹那にとっても、父は憎むべき相手になっている。
「四月から、刹那は東京だね。何か寂しくなるね…。ねえ、父さん」
「母さん、そがんこつ言うなよ…。そんなこと言ったら、刹那が東京へ行きにくくなろうが」
二人は「父さん」「母さん」と呼び合うので、刹那も中学に入るまでは、二人をずっとそのように呼んでいた。しかし、中学に入る頃に実は…と言う話があり、そこで初めて父母でなく、祖父母であることを形式上知ったことになっている。
しかし、実際は刹那の中に三歳頃の記憶がおぼろげながら残っており、二人が実の父母でないことは何となく分かっていた。二人が親を演じるにはあまりにも歳を取り過ぎていたと思う。
授業参観で、他の親達と比べると明らかに老けており、ああ…やっぱり違うのだろうと子どもながらに感じていた。ただ、あちらから何か話があるまでは知らないフリをしとかないと…何となくいけないと思っていた。それでわざと何も知らないフリをしていた。そうやって、無意識のうちに自分を守ってきたのだ。
「そう言えば、刹那に渡したいものがあるつたい」
「えっ、何?」
刹那は合格祝いに何かもらえると思って、さらに嬉しくなった。
「おい、母さん。まさか、刹那に瀬奈の書いた日記を渡そうと言うとか?」
日記? 合格祝いをもらえると思ったのに、刹那は一瞬だけがっかりした。しかし、母が日記を残していたとは…
「そうたい。もう、刹那も十八歳。あの時、何があったのか知っておいてもよかろうと思うつたい…」
「いや、まだ早いんじゃなか…」
刹那は母が日記を残していたなんて知らなかった。物心がつく前に母が亡くなっていたので、刹那は母の顔も声も思い出せない。あるのはおぼろげな記憶だけ…。写真では何度か見たこともあったが、写真で見る母はどこか他人のように感じられた。母があの時、何を思い、何を考えていたのか知りたい…。それは娘としてごく自然な衝動だった。
「私、母さんが書いた日記ば読んでみたい!」