序章2−3
「九時のニュースをお伝え致します。昨日の母親餓死事件についてです。検死の結果、外傷等は見られず、事件の可能性は低いことが分かりました。一方、家宅捜査の結果、瀬戸瀬奈さんが書いたと見られる日記が見つかりました。日記によると、瀬奈さんは駆け落ち同然に瀬戸誠一さん(三三歳)と結婚し、三年前に刹那さんを授かりました。三人は幸せに暮らしていたようですが、半年ほど前に男が店の経営に失敗し、突然姿を消したようです。その後、生活が苦しくなった模様です。このため、誠一さんを重要参考人として、現在、警察にて誠一さんの行方を追っております。次のニュースです…」
他に大したニュースがなかったのか、二日続けて、このニュースがトップニュースだった。いつものように塾から帰った後の遅めの夕食。この日は父が珍しく早く帰ってきていて、一人で晩酌をしていた。ああ、父は自由で良いな…。ただ、父がいると二人っきりのように空気が重くならないから、それだけでも有り難かった。
「よし、これでいいな! 後で父さんが母さんを叱っておくから…」
そう言って、父は母が破った賞状をセロテープで直してくれた。そのおかげで「十二歳の文学賞」の佳作の賞状は今も創市の手元にあった。ただし、母に見つかると何をされるか分からないから、小説関係のものは全て一番下の引き出しの二重底に隠している。これは母がいない時をねらって、中学一年の時に父と一緒に作ったものである。
「母さんは何て言うか分からんが、創市は自分のやりたいことをやったらいい。母さんがあんな感じだから、いろいろと言いにくいかもしれんけど、これだけは譲れないと言うことがあれば、言ってもいいからな!」
父は母にやりたいようにやらせているようで、これだけは譲れないことはきちんと従わせている。特に食事に関してはうるさい。コメはコシヒカリとか、ビールはプレモルとかこだわりがある。それが守られないと家にお金を入れないと言うぐらいだから、母としてはしっかり守らざるを得ない。
一方で母もしたたかで、父が母に対して、創市の自由にやらせろと言ったら、それはあなたとは関係のないことだから口出ししないで…と反論されたらしい。ただ、賞状を破ったことは非を認めさせたらしく、後日、母が「ごめん」と謝った。別に母が謝ったからと言って、心の傷が癒える訳でもない。何より母が本心から謝っている訳でないことが明白だったから、かえって残念な結果になったのは言うまでもない。どちらかと言えば、「ここ一番!」と言う時に父がどのように母を説得しているのかが気になって仕方ない。幾度となく、父にさりげなく聞いてみたが、
「そんなの企業秘密に決まっているだろう…」
といつもはぐらかされた。
それにしても、同じ父親だと言うのに、どうしてこんなに違うのだろうか? ある父親は曲がりなりにも、しっかりと妻子を守れるのに、別の父親は妻子を捨てて姿をくらましている。そして、奥さんは餓死してしまい、娘は役所に保護されたままになっている。
あれっ? そう言えば、娘のことは何もニュースで言わなかったけど、どうなったのだろうか…。創市はしばらく考えたが、考えても分かるはずもないと思った。そして、夕飯を食べ終わると、そのまま自分の部屋に戻り、いつもと同じように受験勉強を再開する。