序章2−2
あれは小学六年生の時だったと思う。「十二歳の文学賞」」で佳作を取った時に母へ見せたら、母が突然賞状を破り捨てたのだ。テストで百点を取った時や、通知表でオールAを取った時と同じように大喜びすると思っただけにショックは大きかった。
「小説家なんかになってもね、小説だけで食べていけるのはほんの一握りよ。後の人々はほぼ全員、全く芽が出ずに、ひもじい思いをするか、他の仕事をしながら細々とやっていくしかないの…。直木賞や芥川賞ならともかく、こんな『十二歳の文学書』くらいで舞い上がったらダメ! 創市は手堅く生きていくの!」
口下手なだけに、何かを書くのは小さい頃から好きだった。それなのに、そのことを母に否定されたことが、母親を嫌いになった原因である。どんなに裕福で安定した生活をしようとも、やりたいことのできない人生なんてまっぴらだ。少年は母親の操り人形ではない。それ以来、表面上は母に従っているように装いながらも、密かに母に抵抗することで何とか心の安定を保っていた。
「創市、もう食べ終わったの?」
「うん、しっかり勉強しないと、T大とかK大とか受からないから…」
「まあ…。食べる時ぐらい、もう少しゆっくりしたらいいのに…。あっ、後で夜食を持って行こうか?」
「いや、いいよ。お腹空いたら、自分でラーメンでも作って食べるから。母さん、先に休んで!」
「創市、あんたは偉いね〜。あの母親とはえらい違いだ」
また、餓死した女性のニュースを蒸し返して来た。あんたは何様のつもりだ…と言えるものなら言ってやりたかった。まあ、言ったところで母に伝わるとも思わない。これまで必死に積み上げて来た「見せかけだけの良好な関係」を壊したくなかった。何しろ、突然、賞状を破り捨てるような人である。大人しくやり過ごした方が楽に生活できる。
さて、今日は英語と数学を中心に勉強を進めよう。それにしても、さっきのニュースのチビは大丈夫かな…。どんな母親だったか知らないけど、母親なんて多かれ少なかれ子どもを縛り付けようとする。それなら、母親なんていない方が自分の人生をしっかり選べるのではないか? いやいや、そんなことはない。わずか三歳で母親を失ったら、誰を頼って生きていけばいいのか…。
あのニュースを見た父親か親戚があの子を代わりに育ててくれればいいけど…。いかん、いかん。柄にもなくニュースについて、あれこれ考えてしまった。これではワイドショー好きのクソばばあと変わらん…。さあ、気を取り直して、勉強、勉強っと!