序章2−1
「九時のニュースをお伝え致します。本日の夕方、瀬戸瀬奈さん(二八歳)が○○市△△三丁目の路上で突然倒れて、そのままお亡くなりになりました。死因は餓死と見られ、現在、警察にて事件と事故の両面から捜査を進めております。また、瀬奈さんと一緒にいた長女の刹那ちゃん(三歳)は現在、児童相談所にて無事に保護されております。次のニュースです…」
蒲生 創市(かもう そういち)は母親と夕食を食べていた。毎日、大学受験に向けて、高校が終わった後も塾でみっちり勉強する毎日を過ごしている。家に帰るのはいつも夜八時半から九時ぐらいだ。母親は父のために一度たりとも夕食を待った事はないが、息子のためなら常に帰りを待つ。創市は先に食べてくれたらいいのに…といつも思う。
別に一緒に食べても、会話が弾む訳でもない。母が一方的にあれこれ話すので正直面倒くさい。他に兄弟か姉妹がいれば、また違ったかもしれないのに…。一人っ子だから、母親を他に押し付ける事もできない。
「まあ、嫌ね…。どうせ、未婚なんでしょう。一人で育てられないくせに、子どもを産むからこんなことになるのよ。まあ、かわいそう…。まだ、三歳だってよ! 創市、この子、どうなるのかしらね…」
「さあ、どうなるんだろうね…」
母はこの手のニュースになると、常に創市へ意見を求める。別に夫婦関係が完全に冷えきっている訳ではない。長年連れ添っているが故に、多少は冷めているものの、夫婦仲は悪くないと創市は思っている。父は某大手通信会社で中間管理職をしているから、このご時世にしては給料がいい。そのおかげで、母は専業主婦として好きなことをやって生きていられる。息子を自分の言いなりにしようとしなければ、何も言う事もないのだが…。
母は何かあれば、大企業に就職して手堅く生きろと言う。そんなのまっぴらごめんだ。もう、一秒たりとも一緒にいたくない。大学はT大かK大に入って、一日も早く母から離れよう…。もう、一人暮らしをしたくて仕方がない。
最初、母はその事を嫌っていたが、弁護士か裁判官になりたいから、地元の大学ではだめだと言ったら納得してくれた。要は父より良い仕事をしていればいいのだろう。本当は小説家になりたくて、こっそり小説を書いている。母には何も伝えていない。もし、そのことがばれたら、母は怒り狂って原稿を破り捨てるだろう。そして、県外の大学へ行くことを許さなくなるに違いない。