第1章 5-3
「お待たせ致しました。夜分遅くに大変申し訳ありませんでした」
ドアを開けるなり、初老の男性が深々と頭を下げるではないか…。もし、白衣を着てなかったら、にわかには医者とは思えないほどの穏やかな人であった。頭には白いものが混じっている。祖母はさっきまで弱々しくしていたのに、医者が入るとピンと立ち上がり、ぼんやりとしている刹那の腕を引っ張って立たせる。
「いえいえ、こちらこそ、こんな夜分に主人の手術をして頂き、本当にありがとうございました」
祖母が頭を下げながら言うのに合わせて、刹那も頭を下げる。この初老の男性が祖父の命を救ったと思うと、それだけで目頭が熱くなりそうだった。先生は落ち着いた足取りで医者用のイスの前に向かう。そして、二人にイスに座るように促し、二人が座ったのを確認してからゆったりと座る。
「このたびは熱中症で運ばれた際、熱中症の処置を終えた後も右手と右足のしびれを何度も訴えたため、急遽CTを取った結果、右脳側に脳梗塞が確認されたため、緊急手術を致しました。本来であれば、ご主人様が高齢である事を考慮して、熱中症の処置と平行して脳梗塞も疑わないといけないのに…」
ここで高齢の男性医師が言葉を詰まらせた。しばし沈黙が続く。しかし、ここでは祖母も刹那も医師の言葉を待つしかない。
「…できておりませんでした。あと、少し遅かったら重い障害、場合によってはお亡くなりになっていたかもしれません。何とか助かったから良かったものの、今回は大変申し訳ございませんでした」
またしても、初老の男性が深々と頭を下げる。祖母は先生に対して「頭を上げて下さい」と言うのが精一杯だった。刹那は熱中症と脳梗塞の関連性がよく分からないので、そのまま先生に質問した。すると、先生は水を得た魚のように分かりやすく説明してくれた。
要するに熱中症とは汗をかき過ぎて、体内の水分が少なくなった状態。この状態だと血液は水分が少なくドロドロしている。この時、血液は血栓ができやすい。その血栓が脳に詰まれば脳梗塞、心筋に詰まれば心筋梗塞となる。脳梗塞も心筋梗塞も夏に多い病気と初めて知った。