第1章 3-1
東京での大学生活は思いの他、楽しい。桜の季節はとうに過ぎて、もう新緑の季節だ。緑が柔らかな日差しに包まれている。爽やかな風が実に心地よい。刹那は祖父母の元を離れて、東京での新生活を満喫していた。
九州から東京へ出て来ている友人は誰もいないので、新しい友達を作るべく、積極的に動いた。一緒に共通教育を受ける人の中でいくつかのグループができたが、その中で一番居心地が良さそうな所にうまいこと入れた。大人しい感じの子が三人いるグループの一員になれた。
それから、サークルも郷土研究会と言う超マイナーな所に入った。メンバーがみんな九州出身で、しかも女子しかいない所が気に入った。サークル室に入ると、なぜか懐かしい感じがしてホッとさせられる。この先、どんなに東京の生活に慣れようとも、九州に対する愛情は忘れないようにしないと…。
郷研には四年生三人、三年生四人、二年生二人、一年生二人の計十人しかいない。毎週水曜の夜七時からの定例会に集まる事さえ守れば、後は行きたい時にサークル室へ行けばよかった。定例会さえも、事前に行けない理由を会長に伝えておけば休んでも問題ないとの事。
このゆるい感じが実に良い。ただし、一度入ったら辞める事ができないらしい。それは九人以下になると、同好会としてサークル室を使う権利がなくなるからだ。
半分は名前だけのメンバーで刹那は未だに会った事がない。サークル室には大抵、会長の横島(四年生)と副会長の日田(三年生)のどちらかがいる。定例会には先ほどの二人に加えて、会計の笹丘(二年生)が必ず来る。今のところ、一年生は田上たえと刹那の二人がいるが、早くもたえは来なくなっている。
そんな訳で、郷研には四人しか顔を出していない。極論を言えば、ただのおしゃべりサークルである。それにしても、よく同好会として存続していたものだ。刹那にはそのことが不思議でならない…。
ただ一つだけ心残りなのは、実家を離れる前に母が残した日記帳を見つけられなかった事である。祖母には何度か見たいと言ったのだが、祖父が別の場所に隠してしまったらしい。祖母はとうとう見つける事ができなかった。刹那自身も必死になって探しては見たが見つけられなかった。
さすがに祖父には聞く事ができないため、どうすることもできない。それにしても日記には一体何が書かれているのだろう…。やっぱり、父への恨みつらみが書かれているに違いない。今のところ、刹那は父に対して、見捨てられたと言う事以外何も分からない。もっと大きくなってからなら、それだけでも何かしらの憎しみを抱いたかもしれないけど…。