第1章 2-2
母の面倒を見ないといけないし、仕事は多忙だし、唯一の楽しみは細々と小説を書く事…。これが三十三歳の男のする事だろうか…。
こんな感じだから、異性との接点もないし、彼女もいない。仕事ではそれなりに接点はあるが、同業者はお断りである。公私の区別がつかないなんて耐えられない。
還暦を迎えたばかりの母はまだまだ元気だから、三十三歳の息子をまるで十代の子どものように扱う。そして、未だに理想の子ども像に無理矢理当てはめようとする。
創市は母のために独立する気もなければ、結婚しようとする気もなかった。肩身が狭くても、イソ弁の方が気楽だし、母が見つけて来た相手と結婚するなんて願い下げである。
そもそも、誰かのために生きるなんてありえない。創市は自分のために生きていきたいと思っていた。ただ、母親が面倒くさいので、表面上は従ったふりをしながら、心の中では常に逆らいながらではあるけど…。
はたから見れば、弁護士としてそれなりに立派な仕事をしているし、父が病気で倒れてからは、母のために東京から田舎の実家へ戻って来た孝行息子に見えるらしい。
とんでもない事である。隣の芝は青く見えるらしい。確かに、弁護士の仕事は会社勤めに比べたら自由かもしれない。
しかし、仕事である以上はいろいろと拘束される事も多い。顧客とのやり取りはある程度時間の融通も聞くが、裁判所の呼び出しの日程は一度決まれば全く自由が利かない。
母にはずっと縛られっぱなしで、一日たりとも心地良いと感じた事はない。本来なら一番落ち着けるはずの家が、一番居心地の悪い場所となっているのだから始末に負えない。
もし、母が何でも自分の思い通りになるように縛り付ける人ではなく、創市のやりたい事を陰ながらに見守ってくれるような心の大きな人であれば、こんなことにはならなかったのに…。
創市はただ小説が書きたかっただけなのだ。コソコソとでなく、大っぴらに堂々と…。母には小説を書く自分を認めて欲しかった。
なぜか、小説をとことん毛嫌いする母。晩年の父の話では、母は若い頃に小説家を本気で目指していた時期もあったらしい。
しかし、母も才能に恵まれる事なく、今に至っている。父と母の結婚後は細々と書く暇もなく、子育てや家事に追われていたに違いない…。
小説をあそこまで毛嫌いすると言う事は、若い時によほど嫌なことがあったのだろう。母の若い頃なんて、創市に分かるはずもなかった。