第61話 足りなかったもの
国王ディルガムの葬儀が終わって国が落ち着きを取り戻した頃。
厳重な警備の中、ラーニャは王城の一室にいた。隣には父ウィサム、ローテーブルを挟んで対面にはカミルが座っている。ムフレスとフェルハートも彼の背後ですました顔だ。
ウィサムは背筋を伸ばしたまま静かに頭を下げる。
「改めまして、この度は誠にありがとうございました。バスリーの名を汚さず辞することができたのはすべて殿下のおかげでございます」
牢から出たばかりのウィサムは心労のためかやつれていたが、半月ほど経過した今では顔色もずいぶんと良くなっている。
「俺自身のためでもあったからいいんだ。しかし辞職とは。黄の兄……いや新王ザイン陛下か。そっちはご子息が支えてくれるとか」
「ええ。引継ぎを終えましたら家督も譲り、こちらは領地に引っ込むつもりです。来年の戴冠式には戻ってまいりますが」
バスリーの領地は大きくないが国の東側にあり、今はラーニャの母や祖母が切り盛りしている。短命のバスリーは代々早めに引退して余生を領地で過ごすのだ。
カミルがちらっとラーニャに視線を寄越したが、その意図が不明だったためラーニャは微かに首を傾げた。
ウィサムは「それはそうと」と話を続ける。
「先王陛下の事件ですがヨーネス殿下の関与について追及くださりありがとうございました」
「モモシダを使うよう手配したのがヨーネスだったことまでは突き止めたが、ホーン・コニーとの食い合わせを知ってたかどうかは結局白状させられなかった」
「ええ、疑惑を植え付けることができただけで十分でしょう。ルトフィーユ殿下の誘拐や、第五騎士団へ賊を入れたことなどで彼らを罰することは可能ですから、その疑惑がダメ押しとなって今後陣営を広げたりできなくなります」
スハイブやダウワースの事件への関与はいかに本人たちが匂わせていても、王位争いの中においては不問とされてしまう。一方でルトフィーユの誘拐は神聖な決闘裁判を汚すものであることや、王位を得る目的ではないことなどから処罰の対象となるのだ。
「なんにせよザインに任せるしかねぇけど。しっかし……」
「なにか?」
「いや。父上から俺には足りないものがあるって言われてたのに、答えがわからずじまいになっちゃったなと思ってね」
カミルの言葉にウィサムは笑みを浮かべて頷いた。
「先王陛下は直観力に優れた方でございました。それはもう、時には予知能力があるのかと疑ってしまうほどに」
「予知?」
「次代はザインだと、もう何年も前からおっしゃってましたよ。そして新王を手助けするのは誰あろうカミル殿下だ、とも。そして――」
言葉を切ったウィサムがラーニャを見る。その場にいる全員が彼の視線を追い、ラーニャは異様な空気に戸惑った。
「娘がカミル殿下の不足を補うであろうと。殿下、ラーニャを傍に置いたことでご自身に何か変化はございませんでしたか?」
「変化しかないが。見てるだけで面白いし話せばもっと楽しい。バスリーの持つ知には舌を巻いてばかりだし、彼女の言葉はいつだって的確で――あ。そういうことか……」
何かに思い至ったらしきカミルはそこで口を閉ざした。ウィサムが目を細めて頷く傍ら、ムフレスとフェルハートは顔を見合わせて首を傾げている。
自分に関係する話であるにも関わらず、ラーニャにもまるで見当がつかない。
「え、なんです? すごい気になる!」
「ははは。お前はちゃんと殿下をお支えできていたということだよ」
それからしばらく他愛のない世間話を交わすと、ウィサムは予定があると言ってその場を辞した。
ラーニャは改めてカミルに不足していたものがなんだったのかを問う。
「で、何が足りなかったんです?」
「ラーニャは俺に足りないものなんてないって思ったでしょ、わかるよ、うん」
「そういうのいいんで」
「まぁ……端的に言えば『他者への絶対的な信頼』だろうね」
そう言ってカミルは決闘裁判において何も不安がなかったのだと続けた。
「もしラーニャがいなかったら俺は全ての部下を動員してルティを探させただろうし、決闘が始まるまでに見つからなければヨーネスの望む展開になってたんじゃねぇかな。でもラーニャが『必ず救い出す』って言ったから。それは百や千の部下が動くより俺にとって信じるに値する言葉だった」
「それは……」
「もちろん部下を信じてないわけじゃないんだけどさ、あいつらが持ち帰る結果の責任は俺だけにあるわけ。采配ミスったなとか他にやりようがあったんじゃないかとかさ、考えちゃうのよ。でもラーニャの言うことならどんな結果であれ受け入れられるってね」
「もしルトフィーユ殿下を見つけられていなかったら?」
「いいんだ。ラーニャでダメだったなら俺が何をしても同じ結果だったって思えるから」
そこで失望するならそれは「期待」である。失敗さえ受け入れられるのであれば確かに「信頼」と言えるのだろう。
ラーニャがなるほどと頷くと、ムフレスが大きな溜め息をついた。
「右腕戦争終わりっすねー」
「なんだよ、右腕戦争って」
カミルの問いかけには答えずムフレスを睨みつけるフェルハートと、そっぽを向くムフレスの様子が可笑しくてラーニャは笑うのを堪えられない。
「ムフレスとフェルハートが、どっちが殿下の右腕としてふさわしいかって話を」
「何をくだらねぇこと……。ラーニャは右腕じゃないし、ムフレスもフェルハートもどっちも俺の片腕だと思ってるよ」
ぱっと顔を上げて目を合わせたふたりだったが、すぐにぷいと顔をそむけてしまった。これはこれで気が合っているのかもしれないと苦笑するラーニャに、カミルが立ちあがって手を差しだした。
「さて。前に、ふたりだけで遊ぼうって言ったの覚えてる?」
「バスリーに対して愚問です。プレイルームにいろんなゲームを用意してくださるんですよね?」
「そ。じゃ行こうぜ」
ふたりだけでゲームをしようと約束したのはカジノへ出掛けたときだった。あれから大小様々な出来事があって、この約束が果たされる日など永遠に来ないような気さえしていたのに。
ラーニャは跳ねるように席を立ち、カミルの手をとった。
次話でいったん完結の予定です。今日中に投稿します。
どうぞ最後までお付き合いお願いします!




