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ラーニャ・バスリーは忘れることを知らない。  作者: 伊賀海栗


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第59話 愚かな従者


 ムフレスの打ち上げた信号弾が空で黄色く花開いたのを確認しつつ、ラーニャはルトフィーユに駆け寄った。彼の状態を確認していた護衛が言うには、少々疲れがあるものの怪我はなく命にも別状ないだろうとのこと。


「北宮へ戻って侍医を呼びましょう」


「ん、いや北宮に戻るよりまず兄上のところに行きたいな」


 手を差し出すラーニャにルトフィーユが小さく首を振る。

 倉庫へ吊るした犯人たちを護衛に任せ、ラーニャ、ムフレス、そしてルトフィーユの三人は演武場へ向かうことにした。


 演武場の裏の出入り口へ差し掛かったところで盛大な歓声が沸く。カミルが勝利したに違いないと思っていても、腹の底には不安が広がったままだ。祈るような気持ちでラーニャが足を速めたその直後、立ち止まったムフレスの背に鼻をしたたかにぶつける。


「痛っ……ちょっとムフレス」


 前を見据えたままのムフレスの視線の先で、出入口の扉が大きく開く。出て来たのは癖のあるプラチナブロンドの若い男、クテブであった。

 赤髪のヨーネスとは違って爽やかな印象であるにも関わらず、どこか近寄りがたいところはそっくりでさすが双子といったところか。護衛らしき男がひとり背後に控えている。


「クテブ殿下」


 ムフレスの呼び掛けに彼は足を止めて大きな溜め息をついた。


「やはりあの者らは失敗したか」


「あの者と言いますと」


「ルトフィーユを預けておいた騎士だ。いや、忠義などないのだから騎士とは言わんか。確認に行く手間が省けたな」


「恐れながら……此度の件は青の星クテブ殿下の差配でございますか?」


 拳を強く握りこんだムフレスに代わってラーニャが問うと、クテブは気だるそうに首を横へ振った。


「計画したのも実行に移したのもヨーネスだ。まぁ、荒くれを第五騎士団に混ぜろと言われたので口を利いてやったし、そいつらを北宮へ侵入させるのを手伝ってやったりもしたが」


「なぜ、そのような。あなたは正義感が強くヨーネス殿下を窘めるお立場に――」


 絞り出すようなムフレスの声にクテブが鼻を鳴らす。


「なぜって、ヨーネスを王にするために決まってるだろう? アイツには発想力も実行力もあるが、世間一般の正しさってやつを理解しない。一方でオレは独創性などというものはないが、お前の言葉で言うなら正義感が強い。つまりふたりでひとり、オレたちは『対の星』なんだよ」


「ではなぜお止めにならなかったのです」


「何を? ルトフィーユのことか? バスリーのこと? それともダウワース兄さま……あぁスハイブ兄さまか」


 これまでの全ての事件への関与を匂わせたことに三人は驚き、また悪びれない様子に怒りを覚えた。クテブはそれに構わず話を続ける。


「邪魔な兄弟を除外していくのは、王子に認められた権利だ。オレだって常に死と隣り合わせで生きてきた。止める理由などどこにある?」


「お父様……ウィサム・バスリーをなぜ陥れたのですか」


「さぁ? オレにはわからんが、ヨーネスには考えがあるのだろう」


 ラーニャはひゅっと息をのんだ。

 ヨーネスの考えならわかる。ラーニャを窮地に立たせてカミルの反応を見るつもりだったのだ。だがクテブはヨーネスについて「正しさを理解しない」と断じておきながら、彼の行動の意味を考慮しようとしていない。これではなんの抑止にもならないではないか。


 クテブは再び物憂げに溜め息をついて三人に背を向けた。


「とにかく、計画が破綻したなら新たに引き直さなくては。オレはヨーネスのところへ――」


 ここまでラーニャの陰に隠れていたルトフィーユがおずおずと一歩前へ出る。


「あ……あなたは『愚かな従者』だ」


「は?」


 足を止めて振り返ったクテブがルトフィーユを睨みつけた。ラーニャは細く息を吸って「ボシュラの旅です」と囁く。


「ボシュラ……聖典か?」


「はい。聖人ボシュラは各地を旅してまわりました。耳の不自由な彼女には従者がひとり。行く先々で従者はボシュラの表情を読み取ってそれを人々に伝えましたが、次第に自身の内なる意見を重ねるようになってしまった」


「確か羊飼いを非難した奴だな。家畜を襲った魔獣を駆除しただけの羊飼いを」


「はい。他にも成人前の子どもを働かせてはならぬと言ったり、どれもボシュラの意図しない言葉であったことが後に発覚し罰せられました」


 ラーニャの説明を聞いてしばし思案したクテブであったが、首を傾げながらルトフィーユに尋ねた。


「オレが嘘つきだと言いたいのか?」


「じゅ、従者は嘘なんかついてないんだ」


「聖典の読解には諸説ありますが、この従者については真実ボシュラがそのように考えたと思い込んでいたというのが有力な説です。そうあるべきとの考えが強く、ボシュラの表情も世界も見誤ってしまったのだと」


「つまりオレが勘違いしている、正義を見誤っていると? 愚弄するわけだな?」


 クテブの声が低くなる。背後に控える彼の護衛が腰を低くして剣に手をかけた。ラーニャの返答次第ではここで血を流すことになるだろう。

 張り詰めるような空気の中、ルトフィーユがラーニャを守るように前へ出てクテブを指さした。


「ムフレス、末の王子として命じるよ。あお……青の王子を殺して」


「御意」


 ラーニャが何か言うより先にムフレスは彼の武器であるカードホルダーを手に取った。ふたりはまるで熱に浮かされているような表情だ。

 王位継承の観点から王子が兄弟を殺めることは禁じられておらず、ラーニャがこれを止めることはできない。クテブの護衛は主を守るべく彼の前へ躍り出たが、未だ状況が飲み込めていない様子である。


 パラパラとカードをめくる乾いた音がやみ、ムフレスが一枚を選び出したのがわかる。細部は彼の指で隠れて見えないが、明らかに大掛かりな魔紋にムフレスの魔力が流れ込んでいく。

 それを止めるべく護衛が剣を抜いて振り上げ――。


 大きな鐘の音。

 時が止まったかのように、全員が手を止めて顔をあげた。時を告げるのとは違う重く悲しい音は、最近も鳴り響いたばかり。王族の死を報じているのだ。


「そこまでだよ、ムフレスもルティも」


 出入口の扉がゆっくりと開き、クテブと同じプラチナブロンドの男が顔を出した。黄の星ザインである。ラーニャは深く膝を曲げて淑女の礼をとった。


「これより王子間の戦闘行為は禁じられる。お前たちはこの僕、新たな王を支えるため尽力するがいい」


 国王が崩御されたのだ。

 ムフレスとルトフィーユが跪き、クテブが舌打ちをした。ザインはそれに構わずラーニャに声を掛ける。


「君の父を救った勝者のところへ行ってやれ。早くしないと会えなくなるぞ」


「……はいっ!」


 ラーニャは弾かれたように開け放たれたままの扉へ飛び込んだ。





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