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ラーニャ・バスリーは忘れることを知らない。  作者: 伊賀海栗


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第50話 事件の真相


 揺れる蠟燭の火の中で、ぱらりぱらりと紙のめくれる音が響く。


「殿下、それ鬱陶しいんですけど」


「え。応援してるんだよ。で、何か見つかった?」


 ひたすら本を読み進めるラーニャと、そのラーニャのほつれた髪を指に巻き付けてはほどく作業を繰り返すカミル。ラーニャは何度か手でそれを払ったが、まったく懲りる様子がないため諦めた。


「アリフ・サッバーグは毒、とりわけ植物由来の毒性について研究している人物です。この本は毒の変性について論じたもので」


「アンヌフでサソリの毒がどうのって説明してくれたのと似たようなもんか」


 ザインの庇護下にある暗殺ギルドで猛毒を持つサソリの繁殖に成功した、という話だ。その毒は体外に排出されると童謡ひとつ歌う間に無毒化してしまうため、毒だけを持ち歩くことができない。


「そうですね。多くはどういう処置をすると無害化するかといったことが述べられているようですが……」


 言いかけたラーニャが口を噤む。夜空のような瑠璃の瞳が忙しなく左右に揺れ、カミルはその瞳を見つめた。


「陛下には弱毒性の何かを投与したのかと思ってました。でも違います、毒性なんて最初からなかったんです。そうよね、陛下を殺害する意図はないんだから、弱毒であろうと危険のあるものなんて与えるはずがないんだわ……!」


 ラーニャの視線の先にあるページを見ると、そこには「生命活動に利する毒について」とある。


「生命活動に……利する? 薬か?」


「そうですね、薬も毒も体に作用するという点で同じだとアリフ・サッバーグは言っています」


「まぁ、必要以上に摂取すりゃ薬も害になるしな」


 カミルの言葉に頷いたラーニャが深いため息をつきながら本を閉じた。


「この件、実行犯は陛下の身の回りの世話をする従者に違いないのですが」


「そいつだけ?」


「いえ……先ほど殿下がおっしゃったように主治医以外の『全員が敵』である可能性が高いです。ただ問題があって、父が無実であることも他の者たちが犯人であることも証明できないのです」


 そこで口を閉じ、ラーニャは自分で自分の身体を掻き抱いた。

 震えるラーニャの身体をカミルがさらに抱きしめる。


「ひとつずつ聞かせて。ヨーネスの蛮行は俺のせいなんだから、ひとりで泣かないでくれよ」


「いつも陛下の部屋では、父が日々の報告をして従者が身体を清め、医師が診察をします。その後、従者が毒見をしたうえで朝食を召し上がる。それから薬を飲むため水の用意をする、というのが日課です」


「そうだね」


「父は今朝も全て『いつも通り』だと言いました。変わったことはなかったと。父の目ももちろん見えています。ですから異変があればそれを伝えてくれたはず。でもそうは言わなかった」


 後ろから抱きかかえるカミルに背中を預け、ラーニャは蝋燭の火を見つめながら言う。カミルは首を傾げた。


「誰かが異物を混入させる瞬間は見てない? だから証明できない?」


「いえ、誰も異物なんて入れなかった。だから証明できないのです。合食禁(がっしょくきん)――食べ合わせという言葉や概念については?」


「魔獣と果物を同時に食うなとは聞くけど」


「はい、魔獣の肉は消化に時間がかかりますし、中には身体に害のある成分があることも。果物は水分量が多く胃酸を薄めることがあり、その場合消化不良を起こすのです。まぁ滅多にありませんけど」


 なるほどと頷いたカミルが毛布をかぶり直し、腕の中のラーニャまでまとめてくるんだ。ラーニャは埋もれかけた頭を毛布から出して言葉を続ける。


「モモシダという植物があります。その根は丸く、桃のような香りがあるそうです。えぐみが強く食用には向きませんが鎮痛作用があり、昔の人は腰痛や肩こりなどにモモシダの根を貼ったとか」


「それが?」


「この本には、モモシダの成分は肌から吸収されるとありました。こちらはまだ研究途上で明確にどのような成分だとの発表はされていないようです。が、アリフ・サッバーグはホーン・コニー(角うさぎ)の角と同時に摂取すると効果が増強されると言っています」


「ホーン・コニーは食用として家畜化された魔獣だったな。角が特に極上の旨さだが家畜化されてなお、食用に耐える角は希少だと」


「子コニーの角で、かつ生え始めてから丸一日が経過したらもう食べられませんし、角を割るには殺すしかない。しかもその時期のコニーは食肉としては食べるところがないほど小さいですからね」


「だが王家には年に一度必ずホーン・コニーの角がおさめられる」


「それが今日だったのではないですか? 毎年、春と夏の境に献上されるはずです」


 カミルが頷く。祝いの席を除けばこの時期にしか食べられないため、幼少期は毎年楽しみにしていたものだ。しっかり煮込まれてぷるぷるとした食感になった角は、口に入れればふわっと解けて口いっぱいに濃厚な脂が広がる。


「それを食い合わせるとどうなるって?」


「モモシダは恐らく血管を拡張させるか何かで血流を改善する作用があります。その効果はごくわずかですが、ホーン・コニーの角が効果を増強します。陛下の呼吸困難や動悸といった症状は、これが引き起こしたものと考えられるかと」


 言葉に詰まったカミルが「ああ」と呟いてラーニャの肩に頭をうずめた。そこに色っぽさはなく、ただどのように慰めたらいいかと戸惑っているようであった。

 ラーニャの言う通り、モモシダとホーン・コニーの角の成分が()()()()重なってしまった、不幸な事件でしかないのだろう。ただ、ヨーネスはそうなることを知っていて、ありもしない殺人未遂事件に仕立て上げた。


「食い合わせを指摘することはできても、毒殺を否定することにはならないな」


「モモシダの効果は小さいので、健康な人間で再現が可能かも怪しいところですね」


 そう言ったきり、ふたりは黙りこくった。

 どれくらいの時間が経ったか、蠟燭が大きな汗を書き始めた頃に顔をあげたカミルがラーニャの後頭部にキスをする。


「じゃ、俺の出番だな」





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― 新着の感想 ―
[良い点] イケメンはすぐ髪を触る( ˘ω˘ )
[一言] イケメンはすぐ後頭部にキスする( ˘ω˘ )
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