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ラーニャ・バスリーは忘れることを知らない。  作者: 伊賀海栗


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第48話 伯爵の証言


 燭台を掲げ、石造りの階段を降りる。ラーニャの半歩後ろには正妃ニルミンが続き、警備の任につく衛兵は何も言わず二人を見送った。


「妃殿下はなぜ私がバスリーだとすぐお気づきになったのですか」


 いま通り過ぎた衛兵たちは正妃にしか視線を向けていなかった。メイドの服をまとって燭台を掲げ持つラーニャは、彼女の従者にしか見えないのだろう。


「ただのメイドが王子と並んで座らないでしょう。それにその髪色、太陽みたいで羨ましいと思っていたのよ」


「妃殿下の御髪は月のようだと皆申しております。私には残念ながら艶やかな御髪の細部まで見ることはかないませんが、その通りであろうと感じます」


「地味なのよ」


「いいえ、闇の中にあっても人々を導く光ですわ」


 ラーニャの左手に乗せた正妃の右手に力が入る。


「こっちよ」


 正妃に案内されてさらに地下へ降りる。そこは地下牢だが、三つの牢のうち二つは無人であった。


 たった一人を収監する牢を守る衛兵に、正妃が開けるよう命じる。仲へ入るとラーニャの父ウィサムが出入口に向かって跪いていた。


「ウィサム、お前と話がしたくて来ました」


「王国の美しき緑、ニルミン王妃殿下にご挨拶申し上げます」


 正妃はヨーネスとそっくりなモスグリーンの瞳を細める。


「は。緑、ね。お前はいつもわたくしをそう呼ぶけれど、目の色をちゃんと見ることもできないくせに何を言っているのかと思っていたのよ。でもね。今宵初めてその真なる意味を教えてもらって気分がいいの。だからお前の話を聞いてやることにしました」


 衛兵が椅子を持って来て正妃を座らせた。正妃によって座ることを許可されたウィサムもまたベッドへと腰かける。


「今日、あの人の部屋で何があったのか言いなさい。噓か否かはこちらで判断します」


「何もなかったのです」


「なんですって?」


 高い声をあげる正妃にウィサムは大きく頷いて、淡々と今朝の出来事について話し始めた。


「陛下が目を覚まされると先ずわたしをお呼びになる。前日の議会の内容やザイン殿下の執務についてご報告申し上げ、質問があればお答えするというのが日課でございます」


「知ってるわ。何人もの人間が出入りしては治療に障りがあるから、お前にまとめてもらっていたのでしょう。毎日欠かさずご苦労でした」


 ウィサムは正妃の言葉に小さく頭を下げ、話を続ける。


「今朝も陛下の寝台の脇で報告等をしておりました。いつもと同じように主治医が脈をとるなどの体調管理を行い、馴染みの従者が薬効のある水に浸した布で陛下の身体を清め、運ばれた朝食はその従者が毒見をする。お目覚めになる時間が多少遅かったというだけで、いつもと同じ朝でございました」


「全く同じだと言うの」


「はい。ベッド脇のナイトテーブルから水差しを取って渡すようにと従者に頼まれ、そのようにしたことまで含め()()()()朝でございました。水を口に含んだ陛下が突如喘ぎ、わたしが衛兵によって捕縛されるまでは」


 何か言いかけた正妃だが口を閉じてウィサムを見つめる。

 しばらくして細く長いため息をついた。


「ほかに言いたいことは?」


「アリフ・サッバーグの新著は素晴らしいと、娘にお伝えいただけましたら幸いです」


 正妃はちらっとラーニャを見ると、何も言わず立ち上がる。牢を出て、二人は背後から施錠音が響く中をゆっくりと歩いた。


 緑鏡の間へ戻るなりカミルがラーニャを引き寄せて抱きしめ、正妃が不満げに鼻を鳴らす。


「取って食いやしないわよ、失礼ね」


「母上じゃなくて敵に見つかるのを恐れてたんですよ」


 ソファーへエスコートしようと正妃の手をとったザインが笑うのをこらえて肩を揺らした。正妃はその手を払って顔を赤くする。


「だ、だったらそう言いなさい! とにかく、わたくしはもう部屋へ戻ります。ザインは人をやってアリフ・サッバーグの新著を持ってこさせてちょうだい。その間にラーニャ、あなたは二人に見解を説明して」


「おや。母上はもう手伝ってくださらないんです?」


「ふん。お前たちを信じたとは言ってないでしょう。無実だと言うなら、ここから先は自分の力で証明なさい」


 それだけ言って正妃は緑鏡の間を出て行った。命じられた通りザインは従者に本を取りに行かせ、全員でソファーに座る。


「それで、今朝は父上の部屋で何が?」


 ザインが手ずから茶を淹れ、カミルはラーニャの手をとってカップの場所を教える振りをした。


「全てがいつも通りだったそうです」


「は?」


 兄弟の声が揃う。


「父上は目覚めるといつも伯爵を呼ぶのはわかってる。そこで何もなかっただって? 死にかけたのに?」


「室内にはいつもと同じ人間がいて、いつものように報告をし、陛下がいつものように水をお飲みになったところで突然苦しみ始めたと」


「その水差しを伯爵が手に取ったと報告があがってて、全員の証言に食い違いはない。グラスはベッドから転がり落ちて割れ、水差しは混乱の中で紛失。ただ食事には何も混入されておらず、状況からみて水に何かあったはず。そもそも普通に考えて従者がいるのに伯爵が水差しに触れる機会なんて」


「もしかして」


 カミルがぽろりとこぼし、腕を組んで黙る。

 ラーニャはカミルの次の言葉を待つようにカップに手を伸ばした。


「もったいぶってないで早く言いなよ」


「全員敵、なのでは?」


「は? 何を言い出すかと思えば。主治医もいるんだぞ」


 ザインが憤慨する横で、ラーニャは穏やかに紅茶を飲む。二人の視線が集まる中、ソーサーにカップを戻してテーブルに置いた。


「おそらく――」


「シッ」


 ラーニャが何か言うより先に、部屋の外が騒がしくなった。ラーニャが行方をくらましたことが知れてしまったらしい。

 ザインが立ち上がってカーテンを開ける。


「ふたりは出て行け。こっちのことはなんとかしてやる」


「兄上」


「早く!」


 カミルはラーニャを抱きかかえ、バルコニーへと躍り出た。





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