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ラーニャ・バスリーは忘れることを知らない。  作者: 伊賀海栗


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第46話 ヨーネスの筋書き


 いくつもの観葉植物といくつもの鏡が飾られた緑鏡の間で、ザインが腕を組みながら深いため息をついた。ラーニャとカミルは彼の対面に座り、やはり苦い表情でどこか一点を見つめている。


「とりあえず現状をまとめると、ヨーネスが最優先にしてるのがカミルへの精神的な攻撃だ。ラーニャ嬢を犯人側に仕立て上げると。そこは間違いないね?」


「はい。一番の目的はそれであるとご本人がおっしゃってました」


「現状では証拠不十分で軟禁してるだけだけど、アイツの言い方では俺が戻るまでに証拠をでっち上げるつもりっぽいんだよな」


「僕のおかげで軟禁で済んでるって言葉が抜けてるぞ。感謝しろ。そもそもお前が単独で密かに王都入りできたのも僕とムフレスのおかげなんだぞ」


 スハイブが死んで以来、自身の元々の公務のほか王の代理としても政治に携わって来たザインがいたからこそラーニャの今がある。加えてザインはカミル不在の城の様子について、ムフレスを通して細かに伝えていたらしい。カミルはそれを元に一足先に帰路へついたため、橋の崩落前にニゼン川を渡ることができたと言う。

 カミルもザインの言葉を否定せず「うい」と頷いた。


「予断を許さない状態と聞いていますが、陛下の最近のご体調を考えるといまいちピンときません」


「それはどういう意味?」


 カミルが首を傾げる。彼は緑鏡の間へ入るなりずっとラーニャの手をとったままだ。


「毒物なんて与えたら本当に死んでしまうはず。けれど亡くなってはいませんし、ヨーネス殿下は恐らく陛下の死を望んでおられません」


「いま死んだら僕が王になるからね。僕はそれでも全く構わないが。あ。そういえば君の兄もいま王都にいないんじゃなかったかな?」


「あ……はい。東方への視察に同行することとなったため、ついでに領地へ顔を出すつもりだとか。メイドから聞いたので詳しくは存じ上げませんが」


 今朝ラーニャがぼんやりしているときにレベッカが話していたのを思い出す。レベッカはバスリー家に仕えて長いため、バスリーの人間は話を聞いていないように見えても記憶に残っていることを理解している。故に、主人の様子などお構いなしにひとりで喋る癖がついてしまったようだ。


 ラーニャが首肯するとザインは眉を顰めて憂鬱そうに肩を落とした。


「で、それを仕組んだのはやっぱりヨーネスなんだよね。あいつ、バスリー家の解体まではしたくないのよ。王にとってバスリーの叡智はなくてはならないと理解してる。要するに自分が王になる気マンマンってわけ」


「はっはーん。んじゃアイツはこのシナリオを黄の兄が書いたように見せるつもりなんだろうな。ラーニャを罪人にして俺が怒り狂うのを眺めつつ、あわよくば俺が怒りにまかせて黄の兄をやっちゃうっつー、そういう筋書だ」


「はっ、それならヨーネスは読みが甘いね。お前に僕が殺せるわけない」


「やってみます?」


 二人が同時に不敵に笑う。

 ラーニャは肘でカミルをつつきながらそれを諫めた。


「ふたりともじゃれてる場合じゃないです」


「そうだね。バスリー伯爵はラーニャ嬢を連れて来いって言ったんだっけ? ラーニャ嬢ならどうにかできると考えた……ってことか?」


 ザインの言葉にラーニャはしばし考えを巡らせる。


「または、カミル殿下に部下百人連れて来させるつもりかも」


「ぶっ」


 カミルが吹き出す。しばし肩を揺らせて笑っていたが、ザインに「どういう意味か」と問われて説明した。


「以前、伯爵に『可愛い侍女のためなら部下百人だって連れて来る』って言ったんですよ」


「ラーニャ嬢のためにってこと? 僕なら千人、いや万人」


「そこで対抗心燃やさないでください」


 睨み合うふたりを宥めるラーニャに、ザインが咳ばらいをして居住まいを正す。


「話を戻すと、だ。このままだとバスリー伯爵およびラーニャ嬢は陛下の弑逆未遂の罪で処刑は確実。時をおかず僕と父上も殺されるかもしれないと。で、今夜のうちに状況を打開する必要があるわけだが」


「父上の身に何が起きたかもわかんないんですよね」


 二人のやりとりにラーニャが口を挟んだ。


「父と話ができれば何かヒントを得られるかもしれませんが」


 自ら打開策を提案できないことに不甲斐なさを感じながら、再び三人はため息をついて暗く沈む。


「黄の兄、伯爵と会う手筈くらい整えといてくださいよ」


「あのなぁ、こうやって三人で話をする機会を作るだけでも凄いことなんだぞ、褒めろ僕を! 北宮に居を移したってだけで僕までこの件に関わってると言い出す奴がいるんだからね。僕を誰だと思ってるんだ」


「それを言った貴族たちもヨーネス殿下の息がかかっているのでしょう。ヨーネス殿下の罠であるとわかっていても、打開するために父や陛下に会うことは叶わないとなると、難しいですね」


「せめて母上の協力があればな……」


 ソファーに背を預け両足を伸ばして脱力するザインをカミルがじろりと睨む。

 事件があってすぐ、ザインがウィサムへ話を聞きに行こうとしたところ、正妃がそれを許さなかったのだ。


「やっぱ黄の兄が北宮に来なければ、王妃殿下も警戒しなかったでしょうに」


「たらればは何も生まないぞカミル」


「そっくりそのままお返ししますけどー?」


 兄弟がこのようにぎゃあぎゃあと騒ぐのも、もう何度目になるかわからない。

 ラーニャが静かにしろと注意するより先に緑鏡の間の扉が開いた。ノックもなく室内に入って来たのは正妃ニルミンだ。慌てて立ち上がった三人を正妃がぐるりと見回した。





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