第41話 女子会
ザインが北宮で生活するようになって五日が経過した。早ければそろそろカミルは北方に到着する頃だろうか。
ラーニャはそんなことを思いながら、若い女性たちの世間話に相槌を打っている。北宮の庭のいつもの東屋で、テーブルには色とりどりの菓子と紅茶が並んでいる。目の前のふたりの女性はどちらもザインの侍女である。
ザインは北宮の内外を自分の手勢でしっかり警備してくれていた。できる限りの仕事を北宮で行ってはいるものの、ラーニャと顔を合わせるのは夕食のときだけだ。
南宮に残されたザインの侍女たちは今日、暇だと言って北宮へ遊びに来た。しかし忙しいからとザインに追い払われて、結局ラーニャが相手をすることになったというわけだ。
「ダウワース殿下のご葬儀、すごく静かだったわね」
「リーン妃殿下側の方がどなたもご出席なさらなかったんだもの、仕方ないわ」
「王妃殿下がお許しにならなかったって、本当?」
ふたりの視線がラーニャに向く。
「どうなんでしょう、私は何も聞かされていないので」
「そうよね。カミル殿下は急に視察に行ったんだもの、やっぱり王妃殿下の思惑だわ」
曖昧に笑って受け流すラーニャに、侍女たちはうんうんと頷きながらもしゃべり続けた。
「ねぇ知ってる? 国民には事故死だって発表したんですって。でも信じる人は少ないとか」
「陛下がもう国民の前にお姿をお見せしないじゃない? 長くないってみんなわかってるから死因も王位争いだって思うのでしょうね」
「陛下といえば、今回もまたダウワース殿下の額にキスしたらすぐお部屋に戻られたものね。見るからに長くないって感じ」
「ちょっと、言い過ぎよ!」
社交の場にあまり出ず、バスリーの屋敷に引きこもってばかりいたラーニャにとって、同年代の女性とのお喋りは発見ばかりだ。
まさかこんなにも、息つく間もなく喋り続けるとは! 屋敷のメイドたちもよく喋るが、ラーニャのそばでのお喋りは控えているほうだったのだと、今やっと理解できた。
黒髪の侍女がクッキーを口に運ぶ途中で手を止めた。
「そういえば、ダウワース殿下の侍女のひとりは子爵令息と婚約なさったとか」
「葬儀からまだ三日だってのに、動くの早すぎ。あとの二人はどうするのかしら?」
第一王子スハイブの侍女は全員、城の外に出たらしい。つまり、王族ではない他の貴族家との婚姻を進めることとなったというわけだ。ダウワースの侍女たちもまた、急ぎ身の振り方を決めねばならない。
「現時点では継承権第一位だし、うちに来るんだろうなって思ってたけど……」
「でもザイン殿下は侍女を増やすつもりないでしょ。だから――」
侍女ふたりの視線が再びラーニャに集まった。その意図がわからず、ラーニャは首を傾げる。
クッキーを口に放り込んだ侍女はもぐもぐと咀嚼するばかりで何も言わない。ストロベリーブロンドの侍女がじっと見つめながら口を開いた。
「ラーニャ様はどうなさるおつもりなの?」
「どう……とは?」
「カミル殿下の侍女の座が狙われてるってこと。側妃よりアンヌフ領主夫人でいいやって」
黒髪の侍女も後に続く。
「ザイン殿下が新しい侍女を受け入れないのは、ラーニャ様が欲しいからだって噂もあるんだから」
「さすがにそれは論理が飛躍してます」
カミルの妻の座を狙うというのは理解できる。侍女の枠はまだ二つ空いているのだから。……アンヌフへのカミルの思いを知っているラーニャにとって、領主夫人「でいい」と言われるのは腹が立つけれども。
しかしザインがラーニャを手に入れたいというのはよくわからない発想だ。ヨーネスの暴挙を防ぐための対策が、そのように解釈されてしまったのだろうか。
侍女たちは目を輝かせてラーニャに質問をぶつけていく。
「それで、ラーニャ様はどっちがお好きなの?」
「カミル殿下ってどんな方?」
「ザイン殿下に誘われたらこっちに来る? わたしは歓迎するけど!」
「ねぇ、そのネックレスってもしかしてカミル殿下からのプレゼント?」
指摘されて、ラーニャは思わずネックレスの真珠に触れる。カミルが北方に行ってから、無事に帰って来るようにという願掛けも兼ねてつけるようになったものだ。
なんだか急に恥ずかしくなってそっぽを向くと、ふたりの侍女は「かわいいー!」とはしゃぎだした。ふたりの勢いに圧倒されつつも、ふとザインの侍女がカミルによって交代させられていたという話を思い出して我に返る。
「えっと、ザイン殿下の侍女の人って、カミル殿下のせいでやめさせられたって」
「あー。三人だっけ、それくらいいなくなったわね」
「侍女の子たちも迂闊だったけど、カミル殿下も割と性格悪いのねって思ったわ」
「え、性格……?」
ラーニャの目から見たカミルは軽いしちゃらんぽらんだが、家族思いで根は真面目だ。よっぽど女癖が悪いとか遊びの女に厳しいとか、そういうことだろうか?
「だってね、」
黒髪の侍女が何か言いかけたとき、ちょうどムフレスがやって来てラーニャを呼んだ。
「ラーニャ嬢、ザイン殿下がお呼びです」
「えーっ。わたしたちのことは邪魔って追い出したのに!」
「ね。ザイン殿下ほんとわたしたちの扱いが雑なのよね!」
口々に文句を言う侍女たちだが、その表情は楽しげだ。
見送ろうとしたラーニャだが、ふたりの侍女はそれを固辞する。
「ザイン殿下のとこ早く行ってあげて。待たせると拗ねるから」
「そのネックレスが大切なら、新しい侍女が来ても負けないでね!」
ラーニャは嵐のように立ち去るふたりの背中を見つめながら、深いため息をついた。




